5月22日に行われた『ZIGGY大復活祭』。チケットは即完売で、待ちわびたファンたちの熱気がすさまじかった(撮影/佐藤靖彦(ZIGGY大復活祭))

大ヒット曲『GLORIA』で知られるロックバンド、ZIGGY。そのボーカリストである森重樹一。理想像を追いかけすぎた結果、アルコール依存に陥り、うつになるなど、壮絶な人生を送ってきた。そんな彼がこのたび完全復活を宣言。少しずつ前に進み始めている。過去を振り返り今、何を考えるのか─。

「今年の3月からYouTubeを始めて、大槻ケンヂくん(筋肉少女帯)やダイアモンド☆ユカイくん(RED WARRIORS)と対談させてもらった中で、視聴者の方から『こんなにしゃべる人だと思わなかった』『親しみが湧いた』みたいな声をたくさんいただくんですよ(笑)。

 番組が好評なのはとてもありがたいですし、うれしいですけど、僕がこういうふうにしゃべるようになれたのには、実は理由があるんですよね」

ロックバンド・ZIGGYのボーカリスト森重樹一

もりしげ・じゅいち 1963年8月28日生まれ、東京都国立市出身。ZIGGYのボーカリスト

 そう語るのは、1987年、ロックバンド・ZIGGY(ジギー)のボーカリストとしてデビュー。ドラマ『同・級・生』(フジテレビ系)の主題歌で大ヒットを記録した『GLORIA』を筆頭に、数々のヒット曲を生み出してきた日本のロックシーンにおけるレジェンドの一人、森重樹一だ。

 日本を代表するロックシンガーでありながら、彼がもう何年もアルコール依存に苦しんできたことは広く知られている。2024年末には、当時の所属事務所が森重とのマネジメント契約を終了することを発表。

 漏れ伝わる両者の確執に加えて、アルコール依存症と「反復性うつ病性障害」を患っていることを公表していた森重を心配する声も多く上がっていた。冒頭の言葉に続けて、森重が語る。

「僕はお酒を11年間やめているときに、ある“自助会”に通っていたんですね。そこで、『自分の心に正直にならなければ、必ずあなたはまたお酒を飲むようになる』って言われたんです。

 それを聞いて僕は、自分が隠し事をせず生きれば、どれだけ自分がお酒というものを自分の隠れ蓑に使ってきたかってことに気づけるんじゃないかと考えました」

 自助会では他の参加者の体験談に耳を傾け、自身の体験を包み隠さず話す。

「そこでやっと、自分の正直な話、隠しておきたかったことを話せるようになったんです。自助会での経験から、相手の気持ちを正直に聞きたいなって思ったり、相手を立てるために自分自身が体裁を繕わないようにしようと心がけるようになれた。

 それが今のYouTubeにも生かせていると思います。若いころは、しゃべらないほうがカッコいいとか思ってたんですけど(笑)」

痩せているのがカッコいいと…

5月22日に行われた『ZIGGY大復活祭』。チケットは即完売で、待ちわびたファンたちの熱気がすさまじかった(撮影/佐藤靖彦(ZIGGY大復活祭))

 2018年のあるインタビューでは「24年間、酔っ払い続けていた」とも発言していた森重。アルコール依存にひどく苦しんだ森重が、酒浸りだったころを振り返る。

「僕はアルコールの分解能力が高いみたいで、あんまり二日酔いにならないんですよ。お酒を飲んでいていちばん嫌だったのは、飲んでるときは『バカヤロー、俺を誰だと思ってんだ』みたいに、いい気になってるわけじゃないですか。

 だけど、飲んでいるときに気持ちがハイになった分だけ、翌日、急降下しちゃうんですよ。気分がものすごく落ちてしまう。酒が抜けると『俺なんか生きてていいんだろうか』とか『消えてしまったほうがいいんじゃないか』とか、毎回そういうふうになっていましたね」

 昔から「自分の『こうありたい』という、到達点の理想が高かった」と語る。

「それこそ若いころはスリムな体形を維持するために、ウイスキーを1日1本飲んで、食事はカップラーメン1個で済ませたりして。そうするとどんどん痩せていくんですよ。当時の仲間たちもそんな感じだった。

 酒を絶やさず、とにかく痩せているのがカッコいいロックミュージシャンだと考えていて、その状態を保たなければと。そのためにアルコールが手放せなくなったんです」

 さすがに身体を壊し、何度も病院に担ぎ込まれる羽目になる。

「ZIGGYの1度目の解散(2008年)の翌年、2009年の6月19日を最後に僕は酒をやめました。代わりに筋トレやサイクリングに目覚めたのもこのころです。そこから11年と3か月は1滴も飲んでなかったんですけど、2020年の8月から再び飲み始めたんです」

 きっかけは、コロナ禍で「人にも会えず、何もすることがなくなってしまったから」だった。

「ただ、ウイスキーと日本酒だけは禁じておこうと思って、最初のころは週に2日ぐらい休肝日をつくって1日ワインを1本程度。そこからチャミスル(韓国の焼酎)+ワインになり、焼酎に手を出し、だんだん休肝日が取れなくなり『これはヤベエな』と思って。3週間やめたり、2か月やめたりとかしながら、そんな飲み方を5、6年続けていたんです」

 肉体はスリムなままだったが、さすがに寄る年波を実感することになる。

「そんな生活を続けていたら、若いときより脳にくるようになったんですよ。肝臓って回復機能がすごく高くて、3か月もやめればγ-GTPなどの数値は回復するんですが、脳のダメージっていうのはなかなか回復しないそうなんです。

 記憶力が心配になってきたし、うつも再発してしまった。このままだと脳が萎縮してアルコール性認知症になると思った。毎日恐怖にさいなまれていました」

音楽とプロセスを楽しむことを重視

5月22日に行われた『ZIGGY大復活祭』。チケットは即完売で、待ちわびたファンたちの熱気がすさまじかった(撮影/佐藤靖彦(ZIGGY大復活祭))

 落ち込みやいら立ちが目立つようになり、仕事に支障を来しかねなかったという。

「そんなとき、知り合いを介して現在の所属事務所の社長と知り合って。ロックファンだということですごく僕に敬意を示してくれて、意気投合したんですね。『一緒にやっていきましょう。うちの事務所には音楽系の事務所出身者も多いので安心してください』と言ってくれたんです。こんな僕に、感謝しかないですよ」

 今回の事務所移籍をきっかけに、再びアルコールから遠ざかることができたという森重。

「『こうでなくてはならない』という考え方になりがちな僕に対して『森重さんの好きなようにやってください』と言ってくれたんです。ありがたいですよね」

 心機一転の森重は、冒頭でも紹介した自身のYouTubeチャンネル「ZIGGY森重MJチャンネル」を開始。番組内でゲスト相手に見せる素顔やトークが「面白すぎる」と話題になる中、5月22日には東京・渋谷で『ZIGGY大復活祭』を敢行。“ZIGGYの森重”として、ついに復活を果たした。

「とにかく『音楽とは何か』と聞かれたら、音を楽しむこと─それは字のごとくだと思うんです。だからライブにおいても、『完璧なショーを作り上げること』が最大の目的だとは思っていない、ということだけは伝えたい。

 もちろん結果は良いに越したことはないけれど、その日、自分が最良のものをやろうとしたプロセスにこそ意味がある。それはみなさんの人生においても同じだと思うんです」

 プロセスを大切にすることを人生の喜びにすれば、結果は後からついてくる。

「これは10代のころから変わらない、僕の信念なんですよね。ZIGGYとしては、現状は僕1人。『大復活祭』から秋のツアーまでは同じサポートメンバーで続けます。そこから後は、『チームZIGGY』としてプロジェクトを拡大させます。

 要はZIGGYに関わってくれる人たち、ミュージシャン、アレンジャー、いろんな意味でのスタッフを拡大して、ZIGGYという一つのプロジェクトをより強大なものにしていきたい。期待していただけたらうれしいですね

 健康と、飽くなきロックスピリッツを完全に取り戻した“ZIGGYの森重”の完全復活まであと少しだ。

もりしげ・じゅいち 1963年8月28日生まれ、東京都国立市出身。ZIGGYのボーカリスト。早稲田大学第一文学部哲学科卒業。卒業論文は「マーク・ボランとグラム・ロック」。高校在学中から都内のライブハウスで音楽活動を活発に行う。1984年、ZIGGYを結成。1987年、ZIGGYのボーカリストとしてアルバム『ZIGGY 〜IN WITH THE TIMES〜』でメジャーデビュー。2026年3月より芸能事務所のLIBERA株式会社に所属。秋からのツアーも控えている。5月より「ZIGGY OFFICIAL FANCLUB」も開設。https://ziggy.bitfan.id/