オランダ滞在中、ベアトリックス前女王やアレクサンダー国王夫妻(当時は皇太子夫妻)、アマリア王女らと親しく交流する天皇ご一家(2006年8月18日)

「アルパと筝のハーモニーがとても美しかったです」

 秋篠宮ご夫妻と次女の佳子さま、それに長男の悠仁さまは5月3日、東京都足立区の東京芸術センター天空劇場に足を運んで、南米パラグアイの伝統楽器、アルパ(パラグアイ・ハープ)と日本の筝による演奏やパラグアイの民族舞踊などを鑑賞した。そして、佳子さまは冒頭のような感想を述べていた。

佳子さまたち秋篠宮ご一家が招待されたコンサート

日本人のパラグアイ移住90周年記念コンサートを鑑賞(2026年5月3日)

 このコンサートは同国への日本人移住90周年を記念したもので、パラグアイと関係が深いことから、佳子さまたち秋篠宮ご一家が招待されたという。報道では、4人は演奏や舞踊に合わせ手拍子を送るなど約2時間、熱心に見入っていた。

 日本人のパラグアイ移住70周年に当たる2006年、秋篠宮さまは初めて同国を公式訪問した。そして、移住80周年の'16年には、長女の小室子さんが同国を公式訪問している。

 宮内庁によると、秋篠宮さまと子さんは'21年、同国との友情の証としてパラグアイ政府から、同国最高レベルの勲章「国家功労勲章特別大十字型章」を贈られた。

「日系人の人たちと話をする機会がありました。(略)パラグアイに入植して土地を開墾することは、私などが想像していたよりも、はるかに大変だったということがよくわかりました。今はもう普通に人が住むような場所になっているところも、入ったころは、原生林で大木があるわけですね。

 その大木を切り倒して、そこを焼き畑というか、火をつけて焼いて耕作地にするわけですけれども、それを切り倒したときにその木の下に入ってしまって、身体が不自由になった人もありましたし、(略)そのようなことは、やはり実際にそれに携わった人に会って話を聞かなければわからないことでありますし、私にとりましては、大変貴重な機会だったと思います」

 '06年秋、秋篠宮さまが41歳の誕生日を迎える前に行われた記者会見で、このように、初めて訪れたパラグアイでの思い出を生き生きと語っている。そして、移住90周年に当たる今年8月中旬、秋篠宮さまは紀子さまと一緒に同国を訪問する予定になっている。

 一方、5月12日の閣議で天皇、皇后両陛下がオランダとベルギーを国賓として公式訪問することが決まった。国際親善のための訪問で、おふたりが2か国を同時に訪ねられるのは、天皇陛下が即位してから初めてという。

 宮内庁によると、両陛下は6月13日に政府専用機で東京・羽田を出発し、20日までオランダに滞在する。同日からベルギーを訪れ、26日に帰国する予定だ。両国ではそれぞれの王宮などに宿泊し、歓迎式典や国王夫妻主催の晩餐会などに出席するという。

 両陛下の外国公式訪問は'23年のインドネシア、'24年のイギリス、そして昨年のモンゴルに続き、令和になって4回目となる。

「オランダ訪問については、かねてよりオランダのベアトリックス女王陛下からのありがたいご招待を頂いていたことや、幼稚園の夏休みの期間がオランダ側にとっても都合がよかったこと、両陛下より温かいご理解を頂いていたこと、さらにはオランダに行くことが雅子の治療上も意味あることというお医者様の意見があったことなどが重なって実現に至りました。(略)

 雅子の治療にとっても有益であったと思いますし、愛子にとってもさまざまな新しい経験をすることができ、よかったと思っています」

 天皇陛下が皇太子時代の'07年2月、47歳の誕生日を前にした記者会見で、前年夏の異例ともいえる私的なオランダ訪問について尋ねられ、陛下はこのように答えている。

皇室とオランダ女王たちの交流

来日した日系パラグアイ人の高校生たちと面会し、ダンスをご覧になる秋篠宮ご一家(2023年7月19日)写真/宮内庁提供

 私はオランダ訪問と聞くと、このときのことを真っ先に思い浮かべてしまう。オランダの女王たちとの、はじけるような笑顔の皇后さまと幼い愛子さまの写真が公表されたが、その印象が強く残っている。

 天皇、皇后両陛下は1993年6月9日に結婚し、'01年12月1日、長女の敬宮愛子さまが生まれている、しかし、約2年後の'03年12月に皇后さまは帯状疱疹と診断され、宮内庁病院に入院、長期療養に入った。

 翌'04年7月、宮内庁は皇后さまの病名を「適応障害」と発表した。'06年8月、皇后さまの静養を目的に、天皇ご一家はオランダを私的に訪問し、同地に滞在している。そして、天皇ご一家が帰国してから間もない9月6日に誕生したのが、秋篠宮ご夫妻の長男・悠仁さまだったのである。

 それ以前は天皇陛下と秋篠宮さまの妹である黒田清子さんから愛子さままで、9人連続して女性皇族が生まれていた。皇室に男子が生まれるのは秋篠宮さま以来、実に41年ぶりのことであり、人々は喜びに沸いた。秋篠宮ご一家は、多くの国民から支持されていた。

 現行の皇室典範には《皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する》と明記され、結婚後、一般国民となってしまう女性皇族の誕生ばかりが続くと、養子をとることもできず、皇室は先細りとなる。

 悠仁さまが生まれる前年の'05年11月、皇位継承のあり方を検討してきた小泉純一郎首相(当時)の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は、皇位継承者を「男系男子」に限るとする皇室典範を見直し、女性天皇と母方だけに天皇の血筋を引く女系天皇を容認した。さらに、皇位継承順位は、男女にかかわらず、天皇の第1子を優先するなどとの報告書をまとめた。ある意味、皇室の一大危機を救ったのが、悠仁さまの誕生だったのである。

 悠仁さまが生まれたことは、それだけ重い出来事だった。こうした皇室の歴史を、忘れてはならない。

 天皇陛下の次は弟の秋篠宮さま、そして悠仁さまへ、皇位は受け継がれていく。

 この順位も悠仁さまの誕生以来、揺るぎないものだ。年齢の離れた弟を、将来に向け立派な成年皇族に育てることも、姉である佳子さまの大きな役割である。国民は期待している。

<文/江森敬治>

えもり・けいじ 1956年生まれ。1980年、毎日新聞社に入社。社会部宮内庁担当記者、編集委員などを経て退社後、現在はジャーナリスト。著書に2025年4月刊行の『悠仁さま』(講談社)や『秋篠宮』(小学館)など