ガッツ石松さん

 6月2日、ガッツ石松さんが肺炎のため亡くなった。76歳だった。

「栃木県出身のガッツさんは、中学卒業と同時に上京。24歳でWBC世界ライト級王座を獲得し、5度の防衛に成功しました。勝利した後に両手をあげた姿が“ガッツポーズ”の由来といわれています」(スポーツ紙記者、以下同)

 現役を退いてからはタレント活動をスタート。朴訥(ぼくとつ)としたキャラクターと、決めゼリフ「OK牧場!」でお茶の間の人気者となった。

「俳優としても活躍し、朝ドラ『おしん』や、シリーズとなったドラマ『北の国から』などに出演して高い評価を得ました。一方、映画製作や選挙への出馬など活動の幅を広げるも、こちらは結果を残せず。多額の負債を抱えたこともあります」

 そんな浮き沈みの多い人生を間近で見てきた人物がいる。友人で演歌歌手のいたばし太郎氏だ。

「ガッツさんとは30年ほど前、共通の知人を通して知り合いました。私のことを気に入ってくれて、週に一度は会って食事をする仲に。いつ、どんなときでも“OK牧場”を連呼していました。電話もよくかかってきて、開口一番“もしもし、小林旭です”なんて冗談もしょっちゅうでした」(いたばし氏、以下同)

 いたばし氏はガッツさんの後押しで、2005年に歌手デビュー。ガッツさんが代表を務める芸能事務所に所属することに。

「社長としては頼もしかったですよ。“おバカキャラ”として親しまれていましたが、実際は記憶力も抜群。相手が話したことをずっと覚えていたりと聡明でした」

弱っている姿を周囲に見せなかった

友人で演歌歌手のいたばし太郎氏が営むスナックには、ガッツ石松さんのサインが飾られている

 ガッツさんの政界挑戦や映画製作も手伝ったという、いたばし氏。これらの挑戦が失敗に終わっても2人の関係は変わらなかった。

「負債を抱えても他人に泣きついたりせず、黙々と働いて、すべて返済していました。“男の流儀”を大事にする人でしたね」

 長年、公私共に親交を重ねてきた2人だったが、コロナ禍の自粛を機に会うことはなくなっていた。

「自粛が明けても、体調が優れなかったようで、いつからか杖を使わないと歩くのも難しかったと聞いています。外出が減ったのは、自分の弱っている姿を周囲に見せたくなかったんだと思います」

 ガッツさんの訃報が報じられたのは、亡くなってから9日後のこと。いたばし氏も報道で初めて逝去を知ったという。

「亡くなる2か月くらい前、電話越しに“一緒に食事に行こう”と話したのが最後になってしまいました。私にとって友達であり社長であり恩人でしたから、生きているうちにもう一度、会いたかったですよ」

 “ガッツ”溢れるその生きざまは、人々の記憶の中で生き続ける─。