日本とベルギーの修好160周年を記念した特別展を訪れ、悠仁さまと共に磁器の花瓶や浮世絵などを鑑賞(2026年5月23日)

「本年、日本とフィリピンは、両国の国交正常化から70周年の節目の年を迎えました。両国の間には、過去に苦難の時期もありましたが、戦後、わが国が平和国家として歩み始めて以来、多くの先人たちが、両国間の相互理解と信頼を育むために努力を積み重ねてきました。先の大戦後の両国の歩みは決して平坦な道のりだけではありませんでしたが、1956年の国交正常化以来、共に手を取り合い、一歩ずつ関係を深め、友好関係を確固たるものとしてきました」

フィリピンのマルコス大統領夫妻を迎え宮中晩さん会

フィリピンのマルコス大統領夫妻を歓迎する宮中晩さん会で挨拶する天皇陛下(宮内庁インスタグラムより)

 天皇、皇后両陛下は、国賓として来日したフィリピンのマルコス大統領夫妻を歓迎する宮中晩さん会を5月27日夜、皇居・宮殿「豊明殿」で催した。

 秋篠宮ご夫妻や、次女の佳子さまをはじめとする皇族方が参加した。秋篠宮家の長男で、成年皇族となった筑波大学2年生の悠仁さまは、今回初めて宮中晩さん会に出席し、隣の席に座った両陛下の長女、愛子さまとなごやかに言葉を交わす場面が見られた。

 晩さん会では、マダイとカニの押し寿司や羊もも肉の蒸し焼きなどが提供されたという。陛下は冒頭のように挨拶し、次のようにも述べた。

「日本とフィリピンは、困難なときに互いに助け合うことで信頼を一層確かなものとしてきました。わが国が東日本大震災や能登半島地震などの大きな自然災害に見舞われた際、貴国から義援金や救援物資などをお寄せいただいたことに、改めて深く感謝いたします。また、昨年セブ島沖で発生した地震や台風の被害により、多くの尊い命が失われたことに心が痛みました。一日も早い復興を心から願っております。(略)

 日本・フィリピン両国が、海でつながる親しい隣国として、今後も緊密な交流を続け、平和で可能性にあふれる未来を共に織りなし、繁栄していくことを期待いたします」

 同日午前、皇居・宮殿で歓迎行事が行われ、両陛下と秋篠宮ご夫妻、高市早苗首相が大統領夫妻を出迎えた。歓迎行事の後、両陛下と大統領夫妻の会見が宮殿・竹の間で行われた。報道によると、陛下は「国交正常化70周年の記念の年に大統領をお迎えできて大変うれしい」と述べ、大統領は70年間の両国の交流に感謝し、「ぜひフィリピンに招待したい」と応じたという。

千鳥ヶ淵戦没者墓苑拝礼式に参列し、納骨堂の前で拝礼(2026年5月25日)

 先の大戦とシベリア抑留で亡くなった身元不明の戦没者を慰霊する、厚生労働省主催の拝礼式が5月25日、東京都千代田区の千鳥ヶ淵戦没者墓苑で営まれた。佳子さまや高市首相、遺族ら約430人が出席した。上野賢一郎厚生労働大臣による式辞と納骨の後、佳子さまは納骨堂の前まで進み、深々と拝礼した。

 政府の遺骨収集団がロシアや硫黄島などで収容した遺骨のうち、身元不明で遺族に引き渡せなかった193柱が新たに納骨された。同墓苑に納められた遺骨は計37万1167柱となった。

 5月23日、佳子さまは弟の悠仁さまと一緒に、東京都渋谷区の國學院大学博物館を訪れ、特別展「日本・ベルギー修好160周年記念―美と知の交流の軌跡―」を鑑賞した。

 特別展では、明治天皇がベルギーに寄贈した花瓶や文箱などが展示されている。初夏らしい白のパンツスーツ姿の佳子さまは、美術品を見ながら「本当に色がきれいですね」と感想を述べたという。この2日前には秋篠宮ご夫妻もこの特別展を鑑賞している。

「私にとって初めての海外訪問は、1974年のオーストラリアへの旅行でしたが、往路の飛行機が給油のためにマニラ空港に立ち寄っており、フィリピンは私が初めて降り立った外国の地となります」

 先述した宮中晩さん会で、天皇陛下はフィリピンとの深い関わりについて、このようにスピーチしている。陛下にとって初めての外国がフィリピンだったことに私は興味を持ち、調べてみた。

 以下、『新天皇家の自画像―記者会見全記録』(文春文庫)によれば、陛下は'74年8月、2週間ほどオーストラリアを旅行し、銀行員宅にホームステイをしたという。このとき陛下は学習院中等科3年生で、当時は、浩宮と呼ばれていた。

上皇后美智子さまが語る旅行

 同年10月、40歳の誕生日を前にした記者会見で、上皇后美智子さま(当時、皇太子妃)はこの旅行について次のように語っている。

《「本当に良かった。昔からそうだったが、(旅行に行ったからといって)激しく変わるような人ではないのです。じわじわと自分のうちに蓄えてゆくと思う。一方では、物足りないような気もしますが…。オーストラリアの人のおかげで、温かいもてなしを受け、良い経験だったということが傍からもうかがえます(略)」

 記者、「旅行で大きく成長されたと…」

「浩宮は普通の家庭を全然知らない。外を自由に歩くとはどういうことか想像していると、現実よりそれが大きく膨らむものです。一般の家庭でも、そんな完全な自由はない。今回の旅行で、自由というものの一端に触れ、それがわかったのではないでしょうか。自信というと言葉が強すぎるかもしれないが、自信を持ち、自分の立場がわかったと思います。(略)私一人の感じでいえば、浩宮の人柄の中に、私でも習いたいというような美しいものを見出しています。浩宮を大切に思っているとしか申し上げられません」》

 この本や当時の新聞などを読み返すと、皇太子妃時代の上皇后美智子さまは、かなり積極的に発言している。それらの発言が共感を呼んで、国民との信頼関係をより深めている。

 一方、適応障害と発表された皇后雅子さまは、いまだ回復の途上にあり、その肉声を国民が聞く機会はかなり限定されている。

 例えば、愛子さまもまた「普通の家庭を全然知らない」だろう。普通の生活を知る皇后雅子さまは、これをどのように受け止め、どう対処したいと考えているのか。多くの国民は知りたいと思う。

 時代が違う、SNSなどで批判をされたくない、と言われてしまえばそうかもしれない。しかし、雅子さまの肉声を聞けないのは本当に残念である。そして、佳子さまにも、直接、国民に語りかける機会を増やしていただきたいと、私は願っている。

<文/江森敬治>

えもり・けいじ 1956年生まれ。1980年、毎日新聞社に入社。社会部宮内庁担当記者、編集委員などを経て退社後、現在はジャーナリスト。著書に2025年4月刊行の『悠仁さま』(講談社)や『秋篠宮』(小学館)など