中村玉緒さん

「もう奥さんの笑い声が聞こえなくなるかと思うと、本当に寂しいです」

 6月9日に肺炎のため亡くなった中村玉緒さん。17日に営まれた告別式で弔辞を読んだ松平健は、冒頭のように遺影に語りかけ、長年、親交を続けてきた玉緒さんとの別れを惜しんだ。

松平さんは、玉緒さんの亡き夫である勝新太郎さんの俳優としての一番弟子でした。1978年にはテレビ朝日系のドラマ『暴れん坊将軍』で玉緒さんと親子役で共演。それ以降も玉緒さんから実の息子のようにかわいがられていて、家族同然の付き合いが続いていました」(スポーツ紙記者、以下同)

 1997年に勝さんが亡くなってからも、その縁は切れることはなかった。

「最近になっても、年に一度は松平さんの家族も交えた食事会を開き、勝さんとの思い出話に花を咲かせていたそうです」

 そんな玉緒さんの生活が大きく変わったのは晩年のことだった。

「2023年2月、仕事先の名古屋で転倒し、背骨を圧迫骨折しました。高齢なこともあり、1人での日常生活が難しくなったため、その後は都内にある介護施設で療養生活を送ることになったのです。以来、公の場からも遠ざかることになりました」(芸能プロ関係者、以下同)

 長年テレビで明るい声と笑顔を振りまいてきた玉緒さんだったが、施設での生活は決して楽なものではなかったという。

またトークショーもやりたいね

2026年6月16日の通夜では、報道陣の前で中村玉緒さんとの思い出を語った松平健

身内の方も、施設に入居した玉緒さんの面倒を見る余裕がなかったそうです。しかし、松平さんは金銭面などを含め、さまざまな形で玉緒さんを支え続けていました。恩義を非常に大切にする人なので、人生の師としても仰いだ勝さんへの感謝の気持ちを、残された玉緒さんを支えることで返そうとしていたのではないでしょうか」

 実際、松平は多忙な仕事の合間を縫って施設を訪問していたという。玉緒さんは松平が顔を見せるたびに表情をほころばせていたそうだ。

 昨年、松平が施設を訪れた際には、玉緒さんからこんな言葉をかけられたという。

「一緒に仕事しましょうね」
「またトークショーもやりたいね」

 施設に入ってもなお、仕事復帰への意欲は失われていなかったのだ。しかし、その願いが実現することはなかった。

 天国で再会しているであろう、勝さんと玉緒さん。愛弟子からの感謝の言葉と気持ちも、きっと届いていることだろう。