数々の人気テレビ番組を手がけてきた放送作家・たむらようこさん。38歳で子宮頸がんと診断され、治療後は寛解。しかし後遺症によって腎機能が低下し、現在は自宅で透析を続けている。長い闘病を経た彼女が、いま率直に語る後悔と届けたい思いとは。
野球ボール大の腫瘍で死の可能性も宣告
「『がんは治る病気』といわれる時代です。でも、それは“早く見つかれば”という前提があってこそ。そのことを、まず知ってほしいんです」
そう語るのは、『サザエさん』『サラメシ』など数々の人気テレビ番組を手がけてきた放送作家のたむらようこさん(55)。“すべてのがんが治るわけではない”と力説するのは、自身がつらい闘病を経験し、現在も後遺症とともに日々を過ごしているからだ。
最初に体調の異変を感じたのは2009年。仕事が軌道に乗り、1歳5か月の息子の育児にも励んでいた38歳のときだった。
「福岡から遊びにきた両親と、夫、息子と5人で葛飾柴又に観光に出かけたところ、到着早々にお腹の右上あたりが痛くて歩けなくなってしまって。
駆け込んだ近くの病院では胃炎と診断されたのですが、翌日また痛み出し、大好きなお酒も飲めない。これはおかしいぞと」(たむらさん、以下同)
別の病院で検査を受けた結果、告げられたのは子宮頸がん。腫瘍は7・2センチメートル、野球ボールほどの大きさで、すでにステージШBまで進行していた。
「不正出血などもなく、生理も順調で、子宮が原因だなんて思いもしませんでした。出産の際に内診をしていたので、検診は受けなくても大丈夫だろうと油断していました」
進行がんという現実も、すぐには受け入れられなかったという。
「がんと告げられても、初めのうちは原稿の締め切りなど仕事の心配ばかりしていました。でも、主治医に『私、死にますか?』と聞いたら、『そうなるかもしれません。ただ、あなたと同じステージで10年生きている方もいらっしゃいます』と。
そう聞いて、もし自分が死んでしまったら……と、最後に家族の顔が浮かびました。やはり受け入れたくなかったのだと思います」
「腎臓に異変」過酷な治療の代償
治療は、シスプラチンという抗がん剤と放射線で行うことに決まり、ここから想像を絶する過酷な日々が始まる。
「強い吐き気という副作用があることは事前に説明があったのですが、酒飲みの私は二日酔いには慣れているし、大丈夫かな~なんて軽く考えていたんです。でも、実際はとんでもない!
食べ物のにおい、隣の人のおしゃべりの声、あらゆることに反応して腹の底から大波のような吐き気が繰り返し押し寄せてくる。病院のトイレで吐き続けた末に、床に頬をべったりつけ、倒れたまま吐いたことも。あの吐き気は異次元でした……」
体力はみるみる低下し、身長161センチメートルにして体重は35キログラムまで減少。さらに治療開始から2か月たつと、腎臓周辺に激しい痛みを感じるように。
シスプラチンによる腎臓へのダメージに加え、腹部に放射線を当てた影響もあったのか、尿管が狭窄して尿が膀胱に運ばれず、腎臓にたまってしまう“水腎症”になっていた。
「『水をたくさん飲んで』と言われるのですが、尿として排出できないので飲んだ分だけ腎臓にたまってしまうんです。1日1リットル飲んだら1キログラム体重が増える。
翌日も1キログラム、その翌日も……と増え続け、むくみで10キログラムぐらい体重が増えました。痛みは一日中叫び続けるレベルで、痛み止めも効かず。出産の痛みを超えました」
また、それまで片時も離れず過ごしてきた幼い息子を残しての入院も、身体の痛み以上につらかった。
「夫と息子は毎日お見舞いに来てくれたのですが、ある日、病室の仕切りカーテンを息子が自分でシャッと閉じて私に会うのを拒否。『バイバイいーやーよ』と、泣き出して。
会えばまた別れなきゃいけないことをわかっていたんですよね……。申し訳なくて、涙が止まりませんでした。今でも寂しい思いをさせたことを後悔しています。
でも、外出時に腕を貸してくれたり、優しくて自慢の息子に育ちましたよ」
標準治療を終えて退院してからも、体力が回復するまでにはかなりの時間を要した。
退院後も体力が戻らず下痢や吐き気に苦しむ日々
「退院直後はわずか19段の階段を上るのに20分以上かかりましたし、スプーン1杯のスープを飲み込むのに40分もかかるほど弱っていて。原因不明の激しい嘔吐で救急車のお世話になることも。退院後1年ほどは再入院を繰り返すことに」
簡単な道のりではなかったものの、治療の末にがんは寛解。入院中に苦しんだ水腎症による激痛は、背中に穴をあけて腎臓から管を通し、尿を排出できるようにする「腎瘻」を造設したことで解消できた。しかし、ダメージを受けた腎臓の組織は再生できないため、17年たった現在でも後遺症と向き合う日々が続いている。
「放射線の副作用で下痢をしやすくなったため、外出や仕事ができるようになってからも、常にトイレの心配があります。そして腎機能はどんどん悪化し、ついに人工透析が必要に。
2021年からは腹膜透析という自宅でできる透析を毎日行っています。ステージが進んでいた場合、がんが治っても、治療による後遺症が出る可能性があることは知っておいてほしいですね」
背中から出ている腎瘻の管に加え、脇腹にも透析液を入れるための管を造設。
「今は毎日2~3時間おきに1日4回、1回30分ほどかけて、自分で透析液をお腹に入れています。仕事中も交換せざるを得ないので、効率は下がりましたが、日常生活にほとんど不便はありません。
むしろ病気になる前はなかなかとれなかった休憩がとれるように。使用済みの排液は重いので夫がトイレに捨ててくれますし、家族のサポートにも助けられています」
腹膜透析は、一般的な血液透析に比べて現状では圧倒的に認知度が低い。そこで、便利さを広く伝えたいと、たむらさんは腹膜透析の患者会をつくり、会長を務めている。
「工夫すれば出張にも行けますし、家族と一緒に過ごす時間を増やせるのも利点。血液透析とのハイブリッドも可能。実は多様な選択肢があるということをぜひ知ってほしいですね」
放送作家や社長として忙しく過ごす中でも、講演や取材対応、さまざまな活動を続けているのは、ある思いがあるからだ。
「同じ病気や同じステージの人たちに、『あの人がまだ元気に生きているから、自分も頑張れる』と思ってもらえたら。誰かの希望になりたいんです」
そして、がんを経験していない人にもメッセージをくれた。
「子宮頸がんの主な原因となるのが、ヒトパピローマウイルス(HPV)です。HPVは特別なウイルスではなく、多くの人が一生に一度は感染するといわれています。ほとんどは自然に消えますが、一部で感染が長く続くと、がんにつながることがあります。
そして、そのウイルスが暴れ出すのは、体力が落ちているとき。ですから、不調を放置せず、無理をしないでほしい。そして何より、私のような後悔をしないように定期的に検診を受けてください。若い女性には、ワクチンについても調べて知ってほしいですね」
取材・文/當間優子
放送作家、ベイビー・プラネット代表取締役社長。バラエティー、情報番組を中心に構成や脚本を手がける、「慎吾ママ」(香取慎吾の人気キャラクター)の生みの親。著書に『マンガ がんで死にかけて12年、元気に働いています』(日経BP)。
