「皆さんがいろいろな活動をする中で、大事にされていることは何ですか」
秋篠宮ご夫妻の次女、佳子さまは6月13日、母親の紀子さまと一緒に茨城県つくば市にある筑波技術大学を訪問し、中央アジア・キルギスの聴覚障害者や地元住民らが参加した交流会に出席した。そして、佳子さまは聴覚障害者らとの懇談の席で、手話を使って冒頭のように質問していた。
参加者と交流を深める佳子さまと紀子さま
筑波技術大学は視覚障害者、聴覚障害者のための国立大学で、産業技術学部や保健科学部などがある。この交流会は、キルギスの聴覚障害者の社会参画を促そうと、筑波技術大と国際協力機構筑波センター(JICA筑波)が実施した事業の一つで、佳子さまと紀子さまは参加者と交流を深めていた。
「わが国とオランダ、ベルギー両国の人々との交流や相互理解、友好関係がさらに深まる機会になればと思っています」
天皇、皇后両陛下は6月13日から26日までオランダ、ベルギーを公式訪問した。出発前の記者会見で陛下は、上皇、上皇后陛下と両国王室との長年にわたる深い交流の歴史を紹介しながら、公式訪問の抱負をこのように語った。
6月13日午前9時過ぎ、私はオランダ、ベルギーへ出発する両陛下を見送るため皇居前の広場に向かった。地下鉄を降り、桜田門を通り抜け、砂利の上を歩いて皇居・正門が見える場所に到着した。
土曜日とあって、皇居外周を走る「皇居ラン」を楽しむ人や外国からの観光客たちでにぎわっていた。青空の下、木陰のない外苑は日差しが照りつけ、暑い。送迎スペースで私たちは、警察関係者の指示で手荷物を半透明のビニール袋に入れ、正門を通って両陛下を乗せた車が現れるのを、今か今かと待ち続けた。
午前10時前、警察関係者の動きが急に慌ただしくなった。ランナーや外国からの観光客たちは移動させられ、私の目に見える範囲には誰もいなくなった。
「もうそろそろ、両陛下が出てこられますね」。隣にいる知人は少し興奮ぎみに話した。皇后さまはどんな洋服だろう。明るい表情だろうか? 私も期待をふくらませていた。しかし、10分過ぎても、15分過ぎても、車は現れない。近くにいた中年の女性は気分が悪くなったようで、「ここを離れます」と言う。
すると、二重橋(皇居正門鉄橋)に車列が現れた。周囲の人たちがスマホで一斉に撮影を始め、「天皇陛下万歳」と声が響いた。車の窓ガラスが大きく開けられ、皇后さまが笑顔で手を振っていた。
両陛下の車はあっという間に、感激する私たちの前を通り過ぎ、桜田門を通り抜けて羽田空港(東京国際空港)へと向かった。「予定時間より約20分遅れでしたね。昨年7月、モンゴルを公式訪問したときも同じくらいの遅れでした」。知人はそう話しながら、皇后さまの体調を気遣っていた。
オランダからの報道では、両陛下は王室の別邸に滞在したが、隣接するヘット・ロー宮殿博物館への訪問は、天皇陛下一人だった。皇后さまはその後の行事に備え、体調を整えるために見学を控えたという。皇后さまは、「いまだ快復の途上で、体調には波があり、大きな行事の後や行事が続いた場合に、疲れがしばらく残る」(今年2月、誕生日会見での天皇陛下の発言)状況であり、今回の公式訪問もゆったりとした日程が組まれていたようだ。
皇族数確保に関する「立法府の総意」
6月10日、衆参両院の議長、副議長が皇族数確保に関する「立法府の総意」を与野党の全体会議で取りまとめ、高市早苗首相に提出した。
1.女性皇族が結婚後も身分を保持する案、2.旧宮家の男系男子を養子として皇室に迎える案、の法制化を政府に求めた。
特に、養子案は1947年に皇籍を離脱した旧11宮家の男系男子を対象とし、1.養子の年齢や養親の範囲、2.養子自身は皇位継承の対象者とならないなどの点について、「慎重に制度設計を行う」ことを要請した。必要に応じて一定年数ごとの見直しも盛り込んだ。
悠仁さまが生まれる前年の2005年11月、皇位継承のあり方を検討してきた小泉純一郎首相(当時)の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」は、皇位継承者を「男系男子」に限るとする皇室典範を見直し、女性天皇と母方だけに天皇の血筋を引く女系天皇を容認した。
さらに、皇位継承順位は男女にかかわらず、天皇の第1子を優先するなどとの報告書をまとめた。約20年前の報告書で、旧皇族の復帰案については《国民の理解と支持、安定性、伝統のいずれの視点から見ても問題点があり、採用することは極めて困難である》などと結論づけている。その大きな理由として、以下のように記述している。
《旧皇族は、既に60年近く(報告書のまま、筆者注)一般国民として過ごしており、また、今上天皇との共通の祖先は約600年前の室町時代までさかのぼる遠い血筋の方々であることを考えると、これらの方々を広く国民が皇族として受け入れることができるか懸念される。皇族として親しまれていることが過去のどの時代よりも重要な意味を持つ象徴天皇の制度の下では、このような方策につき国民の理解と支持を得ることは難しいと考えられる》
佳子さまや弟の悠仁さま、それに、両陛下の長女、愛子さまにしても、国民は生まれたときから知っている。幼稚園、小学校、中学、高校、大学と、その成長する過程をつぶさに見てきている。
無事に進学や卒業をすれば喜び、不登校だと報道されれば心配する。多くの国民はまるでわが子のように、佳子さまや悠仁さま、愛子さまの成長に一喜一憂してきたのではなかっただろうか。佳子さまたちもまた、皇室に生まれたことで一般国民とは違う覚悟を持つのである。
さらに両親に教えられ、その背中を見ながら「皇族とは何か」を生まれたときから学ぶ。国民もまた佳子さまたちを温かく見守り、時には励ましながら、立派な皇族に育て上げるのだ。
《皇族として親しまれていることが過去のどの時代よりも重要な意味を持つ》という、報告書の指摘はまさにこのことである。皇族として生まれ、成長するプロセスを私たちがよく知っていることが重要であり、名前も顔も知らない「男系男子」が突然、皇族として私たちの前に現れたとしても、国民はもとより本人も大いに困るであろう。
皇室典範改正の拙速な議論だけは、禁物である。
<文/江森敬治>
