宝泉薫さんによる『週刊女性』の名物連載「人生アゲサゲ分かれ道」。今、ニュースな中森明菜さんを取り上げます!
1989年7月、交際していた近藤真彦の自宅で自殺を図った
中森明菜がバラエティー番組に出演した。6月28日放送の『Golden SixTONES』(日本テレビ系)に登場、現役の人気アイドルたちとともに韓国でグルメやクイズを楽しんだ。
SixTONESといえば、ジェシーと綾瀬はるかの「11歳差」交際が話題だが、明菜は綾瀬より19歳上。しかも、テレビにはほとんど出ない大物だ。友近のモノマネ、いや、それですら知らない若い人も少なくないだろう。
この夏には、CDとしては10年ぶりとなる新曲をリリース。全国ツアーも行われ、音楽番組にVTRでコメントを寄せるなど、久々に精力的だ。
これを機に本格復活を期待するファンも多いだろうし、実際、流れが変わる可能性はある。というのも、彼女を長年、特殊な存在にしてきた「同情の呪縛」とでもいうものが終わるかもしれないからだ。
その呪縛が始まったのは、1989年の7月。彼女は交際していた近藤真彦の自宅で自殺を図った。
筆者はこのとき『週刊明星』で芸能にまつわる企画モノを進めていたが、編集者から突然、「明菜がやらかしまして」と電話が入り、その速報記事で企画が先延ばしになったのを覚えている。
今回のバラエティー出演は「呪縛」を解くチャンス
その後、大晦日に復帰会見を行い、翌年7月に活動を再開させたものの、近藤とは破局した。彼女は会見で「いちばん最初に見つけてほしかった」と語ったが、自分の留守中に自殺を図るような相手と結婚したい人は、むしろ少数派なのではないか。明菜自身、破局への恨み言は口にしていない。
それでも、ある経緯によって、彼女にはかなりの同情が集まった。会見場に金屏風が置かれていたことから、ここで婚約も発表すると思わされていたという噂が流れたのだ。
それを補完する暴露本も出て、書いたのは元ディレクターの女性。明菜が1992年ごろ「お母さん」と呼ぶほど慕っていたが、仲違いしてからは、「もし私と出会わなかったら、私が騙されていた時期に、違う誰かが必ず彼女の餌食になっていたんだろうと思います」と、吐き捨てた人物だ。「金屏風」についても、単に復帰を祝う意味だったことが会見場の関係者から明かされている。
とはいえ、この噂は長らく世間の「同情」を強化してきた。芸能人は羨まれ、妬まれてナンボだから、これは両刃の剣でもある。体調が不安定だったこともあいまって、彼女は「腫物」扱いされ続けることとなった。
しかし、今回のバラエティー出演は「呪縛」を解くチャンスだ。同情してきた人、あるいは昔のことをよく知らない人からは、その不思議ちゃんぶりを面白がる反応も目立った。こういうことから大物が復活することも珍しくはない。
また、この手の仕事を増やせば、かわいそうなイメージを払拭していけるだろう。
ちなみに、前出の音楽番組ではデビュー前の秘話も告白。ボイストレーナーから「お前は顔では太刀打ちできない。(略)歌で勝負するしかないから覚悟しろよ」と言われたという。これは不器用な性格が顔や言動の不愛想さにつながりがちなところへの忠告だったのではないか。
そのぶん、彼女は歌へのひたむきさで同期のアイドルとは違う「歌姫」になった。それは『スター誕生』(日本テレビ系)で『夢先案内人』(山口百恵)を歌って世に出たときから抜きん出ていた才能だ。
もし「同情の呪縛」が解かれたら、その才能がまた大いに発揮されるはずなのだがーー。
ほうせん・かおる アイドル、二次元、流行歌、ダイエットなど、さまざまなジャンルをテーマに執筆。著書に『平成「一発屋」見聞録』(言視舎)、『平成の死 追悼は生きる糧』(KKベストセラーズ)。
