佐藤輝明選手

 阪神・佐藤輝明が打率3割4分2厘をマークし、セ・リーグの首位打者争いを独走している(成績は2026年7月9日時点、以下同)。しかし、その突出した活躍の裏で、球界全体のバッター陣の数字の落ち込みは顕著だ。その答えは、4年前のある投手が残した言葉に隠されていた。

 プロ野球で長年、打者の一流の証しとされてきた「シーズン打率3割」のハードルが急激に上がっている。現在のセ・リーグで3割を超えているのは佐藤とチームメイトの森下翔太の2人のみ。パ・リーグにいたっては日本ハムのレイエスの1人のみという窮状だ。DeNAの佐野恵太が打率2割5分4厘でセ・リーグの10位に位置していることからも、球界全体の低打率化は一目瞭然である。

 この状況を2022年に予言していたのが、現在はメッツで活躍する千賀滉大であった。当時ソフトバンクに在籍していた千賀は、自身のコラムやメディアのインタビューで【僕はこの先、3割打者が存在しなくなる時代がくると思っています】と言及している。

 当時、千賀が指摘していたのは球速のインフレと人間の身体的な限界だった。

20年前なら3割5分は楽勝で打てる

今のバッターが20年前の野球に戻れば、3割5分とか楽勝で打っちゃうと思うんです。だってあの当時は150キロを投げれば驚かれた。だけど、今は誰でも投げられちゃう。もう少しすれば、160キロが普通の時代が来ると思いますよ。150キロ台は変化球です。

 もちろん、バッターも負けじと進化するでしょう。だけど、球のスピード自体がそれだけ上がると、人間の反射神経の部分になるから、技術で埋めるという問題ではなくなると思うんです。さすがに人間の根本を変えることは難しいから】

 たしかに現在のプロ野球において150キロはもはや“大台”と呼べなくなった。かつては一流の指標のように扱われたが、最近ではプロになりたての若手がファームの試合で150キロを連発するのも珍しくない。

ダルビッシュ有との交流を報告した千賀滉大(公式インスタグラムより)

当時は、千賀が打者のレベル低下を煽っているかのように受け取られ、一部から批判を浴びたものでした。しかし、その真意は打者を卑下するものではなく、野球の進化を見据えた合理的な分析だったと思います。 千賀自身、その根拠としてデータ解析技術の向上と投手のトレーニング環境の充実を挙げていました。球速や回転数を測定する『ラプソード』などの機器の普及によって、投手は平均球速や変化球のキレを数値化し、自らの能力を劇的に向上させられるようになった。

 一方で打者は、バッティングだけでなく走塁や守備の練習も並行せねばならず、投手の進化スピードに完全に対応するのは容易ではない、というわけです。今や150キロ台の直球が当たり前になり、球速が人間の反射神経の限界に迫っているという当時の彼の指摘は、現在の投高打低の状況を見れば完全に的中していたと言えます」(スポーツ紙記者)

 千賀の発言には、当時、球界内からも反論の声も上がっていた。中日の大野雄大は同年のオールスターゲームに際した手記の中でこの話題に触れ、「開幕から1カ月くらい抑えるピッチャーはいるが、夏場以降が大変だから絶対そんなことはない」と言い切った。長年ローテーションを守ってきた先発左腕としてのプライドだったのだろうが、現在のプロ野球は夏場以降も投高打低のトレンドは変わっていないのが実情だ。

 ネット上でも《4年前に千賀が言っていたときは傲慢だと思って叩いたけど、未来が完全に見えていた》《今のプロ野球は2割5分打てば強打者扱い》《1点の重みは増したけど野手のスターが生まれにくい環境なのは寂しい》といった声が聞かれる。

レジェンドも現代の“打者理論”に苦言

 こうした打撃の地盤沈下にはレジェンドからも苦言が呈されてきた。野球評論家の江本孟紀氏も、昨年自身のYouTubeチャンネルで、3割打者がいなくなった理由について持論を展開している。

江本氏は、近年の打者がアメリカの“フライボール革命”などの流行に影響されすぎている点や、基礎的な走り込み、バットスイングの絶対量が不足している点を指摘。ウェイトトレーニングを重視する選手が多いことにも触れ、『筋肉をつけたら飛ぶと思ってるのは勘違い』と一刀両断しています。

 ただ、驚異的な進化を遂げる投手陣の球威に対抗するためには、ウェイトトレーニングによるパワーアップや打球速度の向上は不可欠という見方もあります。選手たちにしてみれば、根性論やかつての基本練習だけでなく、パワーをつけなければそもそも現代のピッチングには太刀打ちできない、という思いがあるのかもしれません」(スポーツライター)

 データと肉体の限界がせめぎ合う中、プロ野球における投打のバランスがどのように推移していくのか。今後は「打率2割5分で一流、3割なら異次元」という新たな評価基準が定着していくのかもしれない。