お片づけ習慣化コンサルタント・西崎彩智さん 撮影/山田智絵

「お片づけ習慣化コンサルタント」として、これまで5000人以上の部屋と生き方を変えてきた西崎彩智さん。片づけを習慣化するメソッド「サチアップ」を考案し、“リバウンドしない片づけ”が評判だ。

 会社は設立から7年で年商5億円を超えたが、西崎さんのこれまでの人生は平穏なものではない。モラハラ夫と離婚し、困窮しながら子どもを育て、自分がお金を稼げる唯一の得意分野としてたどり着いたのが「片づけ」だった。

 専業主婦を経て起業し、成功した背景にはどんな道のりがあったのか。昭和の地方都市で育った彼女の生い立ちから探っていく。

父親に厳しく教えられた「掃除と片づけ」

 1967年、岡山で生まれた西崎さん。父親は住宅を扱う会社に勤務しており、休みの日には建設現場へ連れていってもらうこともあった。

「何もなかった土地にコンクリートを流して、木が組み上がって、最終的に家ができあがる。その過程が小さいころからすごく面白いと思っていたんです」

 当時流行していた「リカちゃん人形」よりも「リカちゃんハウス」が欲しくて、“家”への興味は尽きなかったという。

「リカちゃんハウスは高くて買ってもらえなかったので、お菓子の箱でベッドを作ったり、絵本を立てて壁にしたりして遊んでいました。父親の仕事柄、家には建築雑誌がたくさん置いてある環境でした。平面図や外観、家族構成まで載っているのを見て、こんな家がいいな、こんなところに住みたいなと夢をふくらませる子ども時代でした」

 一方、父親は「女性は嫁にいくのが幸せな生き方だ」という考えで、小さいころから掃除や片づけを厳しく教えられてきた。

「帰宅した父が、おもちゃが出ているのを見て激怒し、『片づけろ』と寝ているところを起こされた記憶が今も残っています。それくらい片づけについてはうるさく言われてきたので、出したものは片づけるという行動が自然と染み込んでいました」

 家づくりに興味があった西崎さんは、「建築士になりたい」と思い、建築を学べる工業高校に進みたかった。しかし両親にも先生にも反対されたという。

「その後、進学した高校は女子大付属の高校で、周りはそのまま受験せずに進学する人ばかり。夢があっても反抗してまで意志を貫くほどのガッツはありませんでした」

 高校卒業後に大学で建築を学ぶという進路もあったが、家庭内では「建築は男の世界だからやめておけ」という空気が根強くあった。そんな空気を覆すほど成績が優秀だったわけでもない。

「『じゃあ2番目にやりたいことをやろう』と気持ちを切り替えました。心理学にも興味があったので、ちょうど人間科学部ができたばかりの甲南女子大学に進学。窮屈で保守的な地元から離れて一人暮らしがしたかったので、神戸にある大学はぴったりでした」

 大学時代は'80年代のバブルの絶頂期で、デザイナーズ物件が多く建築された時期だ。インテリアコーディネーターという資格が生まれ、西崎さんは「就職先こそは家に関わる会社で」と考えていた。当時、住宅会社を起業していた父親に相談すると、大学生ながら自社の従業員として、大手住宅・建材メーカーの企業研修にも参加させてくれた。

「やっぱり家づくりが面白くて、就職は岡山の住宅会社に決めました。インテリアコーディネーターの仕事です。ただ、一生そこで仕事を続けようなんて熱意はありません。24歳が結婚適齢期で、25歳を過ぎると売れ残り。女性の結婚がクリスマスケーキにたとえられた時代です。特に地方では“腰かけ”での就職が当たり前だったんです」

元カレへの当てつけで23歳で結婚退職

 当時、女性の新入社員は男性社員の花嫁候補として見られることも多く、社内結婚も多かった。西崎さんも入社後、社内恋愛をしていたが、あるとき彼に複数の交際相手がいることを知ってしまう。その彼とはきっぱり別れたが、西崎さんは「23歳のうちにこの男の目の前で結婚報告をしてやる!」と復讐を心に決めた。そこから猛然と相手探しを始めたのだ。

「結婚相手の条件の第一は、岡山から出られること。第二は専業主婦になることでした。母が看護師で家にいないことが多く、子ども心に寂しさを感じていたので、結婚後は仕事をしたくなかったんです」

 そして、神戸に住む友人を訪ねた際に、その条件にぴったりの人物を紹介された。大手企業に勤めていて、転勤がある。収入も高く、西崎さんが働く必要もなかった。当時理想とされていた3高(高学歴、高収入、高身長)に当てはまる相手だ。数回のデートの後、ちょうど彼の福岡転勤が決まったことで、結婚を前提に交際することになる。

「まさに計画どおりでした。会社では元カレがいるタイミングを狙って部長を呼び出し、『結婚退職をします』と告げたんです。その瞬間、勝ち誇った気持ちになったことを覚えています」

 しかし振り返ると、そのときが“ウエディングハイ”のピークだった。結婚式当日、バージンロードへの扉が開いた瞬間のことを、西崎さんは今も忘れられない。

「教会の中に似た体形の男性が3人立っていて、一瞬どれが夫かわからなかったんです。とにかく結婚がしたくて条件で選び、夫のことをよく見ていなかった証拠です。新婚旅行先では夫に『30歳のあなたが24歳の私と結婚できるなんて超ラッキーよ』と言い放ちました。若い私はチヤホヤされて当たり前だと思っていたんです。今考えるととんでもない女ですよね(笑)」

バブル絶頂期の大学時代を経て社会人になるも、ほどなく結婚退職した西崎彩智さん。当時の女性の就職は結婚までの“腰かけ”が当たり前だった

 高飛車だった西崎さんだが、結婚生活が始まると形勢は変わっていく。夫は男尊女卑の考えが強い九州出身で、男3人兄弟。

「義父はテーブルにあるお茶を飲みたいとき、自分で取らずにキッチンに立っている義母を呼ぶような家庭です。父権が強い田舎の家庭で育った夫は、プライドが高く、当然、家の中のことは何もしてくれませんでした」

 西崎さんの実家は、母親も働いていて、夫婦は対等な関係だった。

「父は私に『パパが仕事ができるのはママのおかげだ。おまえたちのことをやってくれるから、パパは今日も働けるんだ』とよく話してくれました。だから結婚とは夫婦で助け合っていくものだと思っていたのに、夫は『妻は夫に従うものだ』という考え。機嫌が悪いと『誰のおかげで飯が食えていると思ってるんだ!』『なめた口をきくな!』と怒鳴り、怖くて口答えができなくなりました」

 さらに、西崎さんは子どもができにくい体質だということがわかった。

「なかなか妊娠しなくて病院に行くと、卵巣機能の異常や子宮内膜症といった問題が見つかったんです。25歳から不妊治療を始めましたが、義父からは『孫ができないなんて何のために結婚したんだ』と責められて。でも離婚は世間体が悪くて考えられず、治療を続けて娘と息子を出産することができました」

 子育てが始まっても夫は協力してくれず、何かにつけて「おまえはダメな人間だ」と言われる。どんどん自己肯定感が低くなっていく中で、唯一、自信が持てたのが片づけだった。

「ママ友が遊びに来たときに『片づいていて気持ちのいい部屋だね』と褒めてくれたんです。それがうれしくて、みんなが褒めてくれるような部屋づくりと片づけが趣味になっていきました」

モラハラ夫に耐え20年で離婚

 表向きは「裕福で幸せな奥さん」でいたかった西崎さんは、モラハラ夫でも離婚はしたくなかったという。しかし20年間の結婚生活が終わったのは、夫がリストラされ、収入がなくなったことが大きな理由だ。

「『今まで俺が働いてきたんだから、今度はおまえが働け』と言われました。そこからパートを始めましたが、夫は家にいても家事を何ひとつしません。再就職もなかなか決まらず、家計が苦しくなっていき、ようやく離婚を決意したんです」

 離婚にあたって、夫は「自分は何も悪くない」と、財産分与も養育費もなしという条件を出し、離婚協議は2年に及んだ。親族を交えて話し合いをし、ようやく合意ができたが、離婚届を出した日に息子が号泣しながら語った言葉は忘れられない。

「『俺は本当にあの家が嫌だった。パパもおかんも自分のことだけ。相手が悪いと責める話しかしてない』と言われました。息子につらい思いをさせていたことに胸が痛くなりました」

 振り返ると西崎さん自身も、結婚生活への反省点が多いという。

「幸せにしてもらえるのが当たり前と思い込んで、相手を思いやる気持ちが欠落していたと思います。カチンとくるようなことを言って、彼がますます頑なになってしまったという面もあります。専業主婦でいられたからこそ、『片づけ』というコンテンツで生きていけるようになったんです。今となっては元夫には感謝しているところもあります」

離婚後、西崎彩智さんはヨガスタジオの受付の仕事を始めるも時給は800円。財産分与も養育費もなかったため、何度か電気が止まったり貴金属を質屋に持っていったことも

 離婚前に始めたヨガスタジオの受付の仕事は時給800円。その後、西崎さんは店長を任されるまでになったが、手取りは月17万円ほどだった。

「自宅だけはなんとか夫から譲ってもらえましたが、生活費、食費、学費、住宅ローンの支払いがあり、私の給料だけではやっていけません。電気も2回止まりました。息子には『振り込みを忘れただけだから』とウソをつき、持っていた貴金属を質屋でお金に換えたこともあります。見かねた父が仕送りをしてくれることもありました」

 自転車操業のような生活から抜け出すためには、収入を上げるしかない。しかし、ずっと専業主婦だった自分に何ができるのかわからず、悶々とする日々が続いた。そんなある日、フリーペーパーを見て、コーチング講座の広告記事が目に留まる。

「コーチングを学んで3か月で100万円以上を売り上げた人のインタビュー記事が載っていたんです。最初は『そんな簡単にうまくいくなんて怪しい』と思ってゴミ箱に捨てたのですが、どうしても気になって。ゴミ箱からそれを拾い直して、説明会に参加することにしたんです」

 説明会で「何もない自分の価値を自分でつくっていく」という考え方を聞き、ここから西崎さんの人生が大きく動いていく。

「結婚生活で『おまえには何の価値もない』と言われ続けてきましたが、価値をつくれたらもっと自由になれるんだ!とワクワクしました。すぐにでも講座に飛び込みたかったけれど、問題は費用が30万円もかかることでした」

 月17万円でギリギリの生活をしている西崎さんにとって、30万円は大金だ。しかし、ちょうど父親から仕送りが届き、タイミングがぴったり合った。

「実は当時、愛犬が病気で30万円の治療費が必要でした。仕送りは治療費に充てるつもりでしたが、講座の振り込み期限の日にワンちゃんが亡くなってしまって。愛犬が自分の命と引き換えに私にチャンスをくれたのだと思いました」

 こうして受講が決まり、西崎さんは講師の言葉をどんどん吸収して、起業を目標にするようになった。中でも響いたのは「人は苦手なことは続かない。無意識で長く続けていることは才能なんだよ」という言葉だった。

「私はほぼ専業主婦の経験しかないけれど、自分が子どものころからずっと続けてきて得意なことは何かを考えると、『片づけ』だったんです。そうだ、片づけ方を教えるサービスをしよう!片づけられる人を増やしていこう!とそのときに決意したのがすべての始まりです」

11歳下の男性と再婚

 起業したのは2015年、48歳のときで、当初は年商1000万円を目標にした。

「元夫の年収が1000万円だったので、絶対超えてやる! 見返してやる!と(笑)」

 起業前に働いていた会社の同僚からの言葉も奮起につながったという。

「『その年で起業するなんて世の中をなめている。あなたみたいな人にできるわけない』と言われて、何も言い返せなかったんです。悔しくて悔しくて『あなたはもう遅い』と言われない50代を迎えようと決めました。私が成功して、みんなが何歳からでも頑張れる未来をつくることが、同僚に対する最大の復讐になるはずだと」

 まずは知り合い5人に片づけサービスを提案してみたところ、3人から「受けたい」と言ってもらえて、いきなり100万円を超える契約を取ることができた。「片づけはこんなに需要があるんだ!」と喜んだのもつかの間、その後はスムーズな契約が取れず、ビジネスの難しさに直面する。

「散らかっている家を見られたくない。片づけを外部の人に手伝ってもらったと夫に知られたくない。という人も多かったんです。だから私が自宅に伺うのはやめて、片づいたわが家の状態を動画で見てもらい、片づける前と片づけた後のビフォーアフターの写真を見せてもらうというサポートを始めました」

 片づけサービスを続けるうちに、片づけは家がきれいになるだけでなく、自己肯定感を育むことにも気づいた。

左から長女、西崎彩智さん、長男、夫の野下智央さん。家族とは支え合える仲だという

「片づけは、結果が目に見える形ですぐに表れます。その小さな達成感が自信につながるんです。片づいた空間は毎日目に入るので“できた自分”を何度も実感でき、自己肯定感のアップにつながります」

 2017年、西崎さんはコーチングと片づけを組み合わせた講座形式へと業態を転換する。

「『明日片づけよう』と決めても、面倒でやらなかったり、自分との約束は破ってしまいがち。でも仲間との約束は守りますよね。だから合同での片づけレッスンを開催し、それが現在の『片づけ習慣化セミナー』のベースになりました」

 2018年には福岡から東京へ進出するきっかけが訪れる。大手企業のマネージャーをしていた友人から、東京特有の事情を聞いたことがきっかけだった。

「東京で子育てをしながら働く女性は、時間がなくてなかなか家が片づかない。そんな生活がイヤで、キャリアを積みたい優秀な女性が仕事を辞めていくと聞いたんです。だから『さっちゃんの仕事は絶対、東京で需要があるよ』と」

 その後、東京でセミナーを開催したところ、友人の助言どおり受講生が殺到し、そこから売り上げが一気に伸びた。

「サービスを東京に広げて、2018年通期で売り上げが3000万円を達成しました。そこで2019年に会社を起こし、スタッフも増えていったんです」

 こうして離婚後、快進撃を続けてきた西崎さんだが、プライベートでは11歳年下の男性と再婚もしている。夫の野下智央さんとは起業塾で知り合い、野下さんからの熱烈なアプローチで結婚に至った。現在は一緒に会社を経営し、公私共にパートナーだ。お互い再婚同士だが、西崎さんのどんなところが結婚の決め手になったのだろうか。

「僕が出会ったときはまだ起業する前でしたが、さっちゃんは当時から元気でエネルギーにあふれていました。最初に話した飲み会の席で彼女から怒られたことがすごく的を射ていて、『信頼できるこの人とずっと一緒にいたい』と思うようになったんです。僕は自分のために動くより、人をサポートするのが得意なタイプ。自分がそばにいれば、さっちゃんはもっと輝くはずと確信しました」(野下さん)

記事連載で知名度もアップ

 会社は急成長し、西崎さんは書籍を何冊も出すまでになったが、成功の秘訣を野下さんはどう見ているのだろうか。

「さっちゃんはトップダウンで組織を動かすのではなく、『自分より周りのみんなのほうが優秀だ』と考えていて、スタッフを信頼し、頼りにしています。周囲への気遣いもこまやか。だから自然とスタッフが『彼女のために頑張ろう』『彼女に楽をさせてあげたい』という気持ちになり、チーム一丸となって成果を出す体制が築けている。そんなさっちゃんのキャラクターが成功につながっていると思います」(野下さん)

 講座の修了生が増えるにつれ、西崎さんの名前は少しずつ知られるようになっていったが、知名度が全国区になったのは週刊誌『AERA』(朝日新聞出版)のデジタル版「AERA dot.(当時/現在は「AERA DIGITAL」)の存在が大きい。西崎さんがママ友を通じて当時の編集長・片桐圭子さんにアプローチしたことをきっかけに連載が決定したが、西崎さんを起用した理由を片桐さんは次のように話す。

「片づけを1人で頑張るのではなく、フェイスブックグループを通じて仲間と励まし合い、愚痴もこぼしながら進めるなど、“シスターフッド”のような仕組みが画期的でした。精神論や華やかな言葉ではなく、毎日少しずつでも地道に片づけを続けるという手法が、AERAの読者の感覚にもフィットすると思ったのです。参加者が撮影した経過写真が豊富にあり、それぞれの人生がどう変わったのか“魂が宿ったディテール”を持って記事化できると考えました」(片桐さん)

 片桐さんの読みは当たり、西崎さんの記事は連載後すぐに30万〜40万PVを記録。瞬く間に100万PVを超えるようになる。

お片づけ習慣化コンサルタント・西崎彩智さん 撮影/山田智絵

「西崎さんの記事は単なる片づけのノウハウではなく、その人の人生がどう変わったかに焦点を当てています。片づけによって『子どもの成績が上がった』『夫との会話が増えた』といったエピソードが出てきて、読者の琴線に触れるんです。中でも『片づけたら義母の罵声が消えた』という記事は200万PVをたたき出し、大きな反響には編集部も驚きました」(片桐さん)

 そんな西崎さんの仕事ぶりについては、

「必ず締め切り前に原稿を送ってくれるので、こちらも余裕を持ってチェックができます。こうしたプロとしての仕事の基本ができていて、節目ごとの挨拶、周囲へのこまやかな気遣いができる方なので、多くの人が『この人と一緒に仕事をしたい』と思うのではないでしょうか」(片桐さん)

 現在も「AERA DIGITAL」の連載は続いており、片づけられない人の悩みに寄り添った記事が多くの人を救っている。

 西崎さんは「人生を変えたい人は、まずは身近なところから片づけてみてください」と語るが、最初に手をつけるなら冷蔵庫がおすすめだという。

「キッチンは家族が変化に気づきやすい場所で、『キレイになったね』と喜んでもらえると『もっと片づけよう!』とモチベーションが上がります。特に冷蔵庫はいらないものを捨てるトレーニングにぴったり。いるものといらないものは賞味期限を見れば明確だからです」

 キッチンを片づけた人たちからは、「子どもが自分から弁当箱や水筒を出すようになった」「息子が料理を始めた」といった報告が届くそうだ。さらにキッチンを片づけたら「お金が貯まるようになった」「月2万~3万円食費がダウンした」と話す人も。

「冷蔵庫を片づけると、食材を取り出しやすくなって、自炊が楽しくなったり、無駄を減らしたいという意識も生まれます。片づけが苦手な人は、買い物の回数が多く、ため込みやすい傾向があるんです。家の冷蔵庫は、よく行く近所のスーパーだと思って、必要なものだけをその都度買うようにすると、余計な買い物が減ってお金が貯まりやすくなります」

年商は5億円を超え事業を拡大中

 片づける前と後とで写真を撮ることも忘れてはいけない。

「ビフォーとアフターを見比べて、そこで終わりではありません。冷蔵庫は家族も頻繁に使うので、自分だけでなく、子どもの身長で使いやすい仕組みになっているかなど、見直しも必要です。こうして1週間後もキレイな状態が維持できていれば、片づけ習慣化は合格といえるでしょう」

 億劫な片づけも、西崎さんの教えを学んでみんなでやれば楽しく思えてくる。そして片づけが習慣化すると人生が好転していく。こうして西崎さんは「片づけ習慣化のカリスマ」として人気を獲得していった。

 西崎さんの会社は現在7期目を迎え、2018年に3000万円だった年商は5・6億円規模にまで成長した。今は個人向けの片づけ講座にとどまらず、企業向けの働き方改革領域にも事業を広げているという。

「女性が辞めない会社づくりとして、『給料を上げます』『時短にします』だけでは無理です。問題は“家庭内の回らなさ”にあるので、それを解消するための企業研修を行うようになりました。『自分で片づける』ことがゴールではなく、『自分にしかできないこと』に集中するために、任せられる家事は外部委託する考え方も大切です。プロのサービスを活用して、自分の時間は仕事や自己実現に使う『生産性の高い生き方』を目指したいですよね」

お片づけ習慣化コンサルタント・西崎彩智さん 撮影/山田智絵

 また西崎さんは「女性だけに頑張れと言う時代は終わりにしたい」と話す。そのためにも男性や家族全体を巻き込んだ活動を強化し、今年4月に出版した書籍『時間とお金にゆとりが生まれる 貯まる片づけ』(プレジデント社)は、男性読者も対象としている。

「仕事の生産性向上やお金の管理と片づけをひもづけて、家庭でも仕事でもよい循環が生まれることを願っています。今は女性も経済力を身につけ、夫に依存しなくても生きていきやすくなり、離婚も増えています。妻から捨てられないために、家事や育児、親の介護など、男性が妻に頼らず『自分でどうにかできる術』を持っておくことが、夫婦円満につながるのではないでしょうか」

 こうして片づけのカリスマとして躍進を続ける西崎さんだが、伝えたいのは「片づけのやり方」ではない。

「靴下の畳み方や収納グッズの使い方といった『ノウハウ』はどうでもいいんです。片づけが苦手な人たちの特徴は、自信がないから決められないという点。不安から買いそろえて、ものが増えてしまう。片づけは“選択の連続”であり、自分が選んだことを『これでいい』と肯定できる力を養うことを目的としています。『自分が選ぶことは間違ってない』と思えると、ものに執着しなくなり、生き方にも自信が持てるようになります」

 自らが片づけで人生を変え、実業家として成功した西崎さんの言葉には説得力がある。これからも片づけられる人を増やし、家族が笑顔で暮らせる家庭づくりを支援していく。

かきうち・さかえ IT企業、編集プロダクション、出版社勤務を経て、'02年よりフリーライター、編集者として活動。女性誌、経済誌、企業誌、書籍、WEBと幅広い媒体で、企画、編集、取材、執筆を担当している。

取材・文/垣内 栄 撮影/山田智絵