スマホを開けば、世界で起きている出来事や情報がすさまじいスピードで流れ、SNSでは、たくさんの言葉や価値観が飛び交う昨今。情報と言葉の海のなかで、自分の気持ちを見失いやすい時代に、「ひとり会議」という習慣を提唱しているのが、起業家で文筆家の山口恵理香さんだ。
書くことで自分の心と向き合う「ひとり会議」
「ひとり会議は、自分の気持ちを紙に書き出しながら、抱えている問題を整理し、自分なりの答えを導き出していく時間のこと。ひとり静かに、自分の心と向き合うためのひとときでもあります。日記は自分の記憶や思い出を記録として残すものですが、ひとり会議は綴ることで自分のそのときの感情や感性、心を整えるもの。これを通して、書くことは人生を切り開く力になるということを知ってもらえたらと思います」(山口さん、以下同)
山口さんが書くことの威力を実感したのは、いじめで不登校になった14歳のとき。フリースクールに通わせてほしいと父親を説得するため、自身の思いをノートに書き綴ったことがきっかけという。
「不登校になった理由や、フリースクールに行きたい理由など、自分の気持ちを一冊にすべて書き出し、父に渡しました」
それらの言葉が、当初は反対していた父親の心を動かし、通学の許可が下りることになる。
「いじめが原因で適応障害になったり、父親との死別から鬱を発症したりと、決して順風満帆な人生とはいえませんが、つらい出来事に直面するたびに、書くことで自分の心に問いかけ、何度も救われてきました。家族や自分が病気になったり、人間関係に悩んだり、将来が不安になったり……。誰にでも不安定になる時期はあると思います。ひとり会議は、そんなときの心の支えになってくれるのです」
心地よい道具や環境が書きたい気持ちを後押し
ひとり会議に必要なのは、お気に入りのペンと紙。デジタル全盛の時代だからこそ、手で書くことに価値があると山口さんは考えている。
「スマホならパッと素早く打ててしまうものを、時間をかけて書いていくことが心の豊かさにつながります。何にでも効率が求められる時代に、非効率的な時間を過ごすことで、人が本来大切にすべき視点に立ち返れるのではないでしょうか」
ひとり会議を行うときは、自分が心地よいと感じる空間で、お気に入りの道具を使ってほしいと山口さんは話す。
「朝のほうが気持ちよく書ける、あのカフェだとはかどる、ペンは太いほうが好き、ノートは罫線が細いほうが落ち着くなど、人それぞれ好きなものがありますよね。その日の心の調子に合わせて、書く場所や道具を変えてもいいと思います。ひとり会議という習慣だけでなく、自分だけの環境づくりやルールも、一緒に楽しんでもらえたらと思います」
心地よい環境を整えたら、いよいよ自分に向き合う作業が始まる。
「何かに悩んだとき、どうしたらいいのか頭の中だけで考えるよりも、紙に書くことで可視化でき、整理されていきます」
例えば、「何がつらいの?」と自分に問いかけ、「孤独でつらい」と答える。さらに、「なぜ孤独なの?」「本当はどうしたい?」と質問と答えを重ねていくうちに、漠然としていた感情や悩みが少しずつほぐれてくる。
「そのとき思ったことを素直に書くことが大切です。最初は、『おなかがすいた』『早く家に帰りたいな』ということでもいいですし、見たり、聞いたりした、気になる言葉を書き留めてもかまいません。文章をきれいにまとめることも必要ありません。誰かに見せるものではなく、自分の思いをアウトプットする習慣なのですから」
一方で、毎日続けなければ、と自分を追い込まないことも大切。山口さん自身も、ひとり会議をルーティンに組み込むことはせず、今書きたい、という衝動を大切にしている。
「やりたくない日に無理にやる必要はありません。私も、疲れて家にこもるような日は、反省会議になって自己否定につながってしまいかねないので、ひとり会議はしません。自分と向き合うことと、追い詰めることは違います。書かない日があっていいし、苦しくなったら休んでいい。休んでまた書きたいと思えたら、ペンを執ればいいんです」
ひとり会議で人生の棚卸しができる
ひとり会議に欠かせないのが、議題。漠然とノートに向かうと筆が止まってしまうという人は、今自分が向き合いたい議題を掲げると、書き出しやすい。
「『昨日の私より今日の私ができたこと』や『誰にも言わないけれど本当はかなえたい夢』『推し活の目標』『今、会いたい人』など、どんなことでもかまいません。議題は、ふと思い浮かんだ疑問やモヤモヤを書き留めておくといいですよ」
議題の選び方にも決まりはなく、その日の気分で自由に決めていいそう。
「今日は絶対この議題にする、と決めたものでもいいですし、おみくじを引くように選んでもかまいません。ひとり会議の目的は、正しい答えを出すことではありません。今の自分の心の状態を知り、がんばっている自分を認めること。後悔のない選択をしながら、自分らしく前へ進むための足がかりになればと思います」
さらに山口さんは、書き終えた後も重要だと語る。
「自分の心の内を書き出したら、そこで得た気づきをひとつでもいいので行動に移してみてください。そこから未来が変わっていきますよ」
生きるヒントは、いつも自分の中にある。まずはペンと紙を用意して、今この瞬間に思い浮かんだことを自由に書き出してみよう。
自分の心に向き合うひとり会議のルール
時間は1日15分でもいい
ひとり会議は量より質。まとめて時間が取れる人は1~2時間かけてじっくりアウトプットをしてもいいし、忙しい人は15分ほどで集中して行ってもOK。決まった時間に習慣化することよりも、書きたいと思った瞬間を大切にして。
自分が落ち着く環境で書く
自分にじっくり向き合うひとり会議は、心が落ち着く環境で行うと効果的。その日の気分によって音楽や香りなど、自分がリラックスできる場所を選ぶのがオススメ。
議題は直感で決める
慣れないうちは、議題の書かれた用紙を活用すると続けやすい。徐々に慣れて、フリースタイルでどんどん書けるようになってくる。何を書けばいいか迷ったときは、心に浮かんだ思いや、気になった言葉を、思いつくままに書いてみても。
結論が出なくても焦らない
ひとり会議を重ねるなかで、何度考えても答えが出ない問題にぶつかることも。1回で結論が出なくても大丈夫。次回に持ち越して、ゆっくり丁寧に自分と向き合いながら答えを探して。
取材・文/小林賢恵
