3回目の抗がん剤治療後に、仕事に復帰。無理のない範囲でステージにも立つ

  昨年末に、乳がんと診断された演歌歌手の石原詢子さん。手術を終えたのち、いまも抗がん剤治療を行っている。「前向きに治療に取り組んでいましたが、抗がん剤の投与は躊躇した」と言う。がんの発見から現在に至るまでの治療と心境を聞いた。

「完治できますよ」の言葉に「やるしかない」

「人間ドックは毎年受けていて、前年も乳がんの予兆は何もなかった」

 と話すのは、数々の名曲をリリースしている演歌歌手の石原詢子さん。2025年に人間ドックを受けた際、初期の乳がんと診断された。実は検査を受ける数日前、ベッドに寝ているときに何げに胸を触ったら、コリコリとしたしこりを見つけたという。

「ビー玉くらいの大きさのやわらかいかたまりが、胸の奥のほうにあったんです。看護師さんに『よく見つけましたね』と言われるくらい、わかりにくい場所でした。検査のときに自己申告しなければ、見過ごされていたかもしれません」(石原さん、以下同)

 精密検査の結果、“HER2陽性乳がん”と判明。乳がん全体の約15~20%を占め、進行が早い傾向にあり、転移のリスクも高いといわれるタイプだ。

「かつては予後の悪いがんだったようですが、いまは効果的な抗がん剤が開発されていて、主治医から『完治できますよ』との言葉をもらい、やるしかない、という気持ちになりました」

 石原さんの先輩に当たる歌手の長山洋子さんも、2019年に同じタイプの乳がんを発症している。

「長山さんに、乳がんになったことを連絡したら、『大丈夫だからね』と励ましてもらって、手術前も後も相談相手になってくれています。心強い味方ですね」

 乳がんと診断されてから手術までは、あっという間だった。

「HER2陽性乳がんは早期治療が大事なので、すぐに手術の準備に入りました。主治医を信頼していたので、セカンドオピニオンを受けることもありませんでした。部分切除を選択しましたが、リンパ節に転移していたのでリンパは切除しました」

 無事に手術は終わり、術後のケアでは2か月間、ラジオ体操を続けたという。

「縫い合わせた傷口が縮んで皮膚が固まってしまうと、腕が上がりづらくなることがあるようです。ラジオ体操が手軽にできてよいと聞き、毎日実践しました。おかげで、いまは普通に腕が上がります」

 リンパ節に転移していたこともあり、念のために抗がん剤治療を提案される。

「これまで前向きに治療してきましたが、抗がん剤はすぐには受け入れられませんでした」

わかっていても実際に脱毛を体験すると涙が

 3週間に1回の抗がん剤治療を8回、それが終了したら放射線治療なども行う予定だという。

演歌歌手・石原詢子さん

「主治医から『転移の可能性は30%。それほど高いリスクではないので、抗がん剤治療は受けなくてもいい』と言われ、反対に決心できました。不安はすべてなくしてしまいたかったのです。とはいえ、抗がん剤はとてもきつく、心身共に疲弊しました」

 抗がん剤の主な副作用は吐き気と微熱。1回目の投与では胸焼けのような症状もあり、トイレに一晩中こもったことも。2回目以降は副作用を軽くする注射を打ってもらい、症状は少しだけやわらいだ。

 抗がん剤は種類が変わると、副作用も違ってくる。もっともショックだったのは脱毛だという。

「髪の毛が抜けたのは、最初の抗がん剤を投与して3週目ぐらいのとき。お風呂場でシャンプーをしたら髪の毛が止めどなく落ちてきて、驚きと同時に涙があふれました。乳がんが見つかって、初めて泣きました。脱毛するとわかっていても、実際に体験するとショックなんですよね。

 『泣くな、どうせまた生えてくるんだから』と自分に言い聞かせ、自ら髪の毛をむしり取りました。中途半端に髪が残るより、スッキリするかと思って。治療前にいろいろなウィッグを購入していたので、いまはその日の気分でウィッグを替え、楽しんでいます」

 治療に専念するため、半年間は休養するつもりだったが、3回目の抗がん剤治療の副作用が落ち着くと、仕事に復帰。

「主治医に『仕事をしたほうが気分転換になるし、元気になるかもしれないよ』と言われ、仕事を再開しました。ただし、これまでと同じようにはさすがに歌えないので、誰かとジョイントコンサートをするなど、1人の持ち時間の短いステージに立っています。ラジオのレギュラー番組は、自宅からズームで参加しています」

 仕事を再開してから食欲も出てきたという石原さん。休養中は常に病気のことが頭から離れなかったが、ほかに考えるべきことができたことで、気持ちもラクになった。

「あとしばらくは仕事をセーブする期間が続くので、その間に“作り置きコーディネーター”と“賞状書士”の資格を取ろうと思っています。もともと料理をするのが好きで、作り置き料理の上手な作り方を知りたかったんです。

 賞状書士は、賞状や宛名を毛筆で美しく書く専門職。私が主宰する詩吟教室で、生徒さんに昇段試験の賞状を渡しているのですが、手書きのほうが喜んでもらえるかと思い、挑戦しています」

 徐々に、抗がん剤治療との「付き合い方」がわかってきたという。

「抗がん剤投与後の1週間は副作用がきついのですが、少しずつラクになってくるので、料理や洗濯、掃除など、いつもどおりの生活をするようにしています。投与後3週目には、ちょっとした外出もできるようになりました」

自己検診することも大事

 健康オタクだという石原さんが、いまハマっているのが“野菜スープ”だ。

「抗がん作用のある食材をポタージュにして、毎日、飲んでいます。抗がん剤の副作用で肌がくすんだり、シミができたりするらしいのですが、野菜スープのおかげか、肌の調子がすごくよくなりました」

 身体を動かすことも好きなようで、調子がいい日にはピラティスやウォーキングを行う。いずれは趣味の卓球やゴルフも再開するつもりとのこと。最後に、読者に伝えたいことを尋ねてみた。

「やっぱり、健康が大事だということですね。私が倒れたら、仕事に関わる人たちに迷惑をかけてしまいます。私自身、仕事も趣味もできなくなってしまう。病気を早く発見するためにも、年に1回ではなく、半年に1回は健康診断を受けておいたほうがよかったと後悔しています。

 特に婦人科系の病気は、気づくのが遅くなりがち。たまには胸を触ってみたりして、自己検診することも大事だと思います。自分は関係ないと思わずに、定期的に検査を受けてほしいですね。私の目標としては、体力づくり、発声練習を欠かさず、今年中には通常どおりの仕事に復帰したいと思っています」

恋雨~KOISAME~』シンガー・ソングライターの三浦和人さんが作曲を担当。演歌と歌謡曲、フォーク調の要素を取り入れたバラード。美しい曲調と報われない恋情を歌詞にした、心にしみる一曲

取材・文/佐久間真弓

いしはら・じゅんこ 1968年、岐阜県生まれ。4歳から詩吟の家元である父の手ほどきを受け、父亡きあとに「詩吟揖水流詢風会」を発足。20歳の誕生日直前に『ホレました』で歌手デビュー。以後、精力的に曲をリリースし、民謡番組の司会やお笑い番組の準レギュラーなど、多方面で活躍。新曲『恋雨~KOISAME~』でも、優しく透き通った歌声でファンを魅了している。