直木賞受賞作『まほろ駅前多田便利軒』や本屋大賞受賞作『舟を編む』など、地に足をつけて生きる人々を温かい筆致で描き、高い評価を得ている三浦しをんさん。最新作『夜の恩寵』は“カリスマ”をテーマに、夢をめぐる5編の物語が収められた短編集だ。
“信じること”について書いてみようと
「前向きな明るい物語を書くのは好きなのですが、書き続けていると自分の心の中にネガティブな暗い部分がたまってくるんですね。それを外に出したくなっていた時期に、『小説すばる』の担当者さんから『暗い小説を書いてほしい』とご依頼をいただいたことが始まりです。私の中では、明るい話と暗い話の両方を書くことで、バランスをとっているような感覚なんです」
一話目の「神馬に乗る女」は、3年ぶりに帰省した主人公の輝久が若々しく美しい継母の、とある変化を目の当たりにする物語。この作品は、映像作家の山本草介氏から聞いた話に着想を得たという。
「彼の知り合いに、突然、神がかったような状態になって関節の痛みなどを治しはじめた人がいるという話を聞いたんです。以前から“カリスマ”をテーマに作品を書きたいと思っていたのですが、例えばアイドルのように大勢の人を惹きつける存在はちょっと違う気がしていて。日常の中にいるカリスマを描きたいと思ったとき、関節痛を治す人のような小さな奇跡を起こす話はイメージにぴったりでした」
カリスマをテーマにしたのは、次のような思考がある。
「以前から『信じるって何だろう』ということを考えていて、いろいろな形で小説に書いてきました。信頼や信念といった形もあれば、信じていたものが揺らぐこともあります。大きく捉えれば、“信仰”もその一つだと思います。
いずれは宗教に関連する小説も書きたいと思っていますが、自分の中でまだ熟しきっていない部分もあり、小さなカリスマのような存在を通して“信じること”について書いてみようと思いました」
二話目の「胡蝶」の主人公・未千には“夢見”の力を持つ祖母がいる。未千は21歳の夜に高熱を出して以来、夢を記憶するようになり、結婚後の妊娠・出産を経て、子育ての夢を見るのだが─。
「私は妊娠も出産もしたことがないのですが、特に体調が悪かったわけでもないのに、妊娠して吐き気を覚える夢を見たことがあるんです。夢の中の私は、『妊娠したから、出産に向けて仕事を調整しなくちゃ』と考えていました。突然の妊娠にもかかわらず産む気満々だっただけに、目が覚めて夢だと気づいたときは、ちょっと悲しくなりました」
夢の内容と、三浦さん自身の気持ちにはある種のズレがあるという。
「私は子どもを欲しいと思ったことがないんです。でも、あの夢を見たことで『私は妊娠したらうれしいと感じるんだな』と、ちょっと不思議な感じでした。あのまま夢の中で出産して子育てをしたら楽しかったかもしれない、という想いを小説にしました」
三話目の「夢見る家族」は「胡蝶」の続編ともいえる作品だ。
「5編の物語の真ん中なので、この話が蝶番となって、あとの2編と前の2編とが呼応し合っているような構成にしたいと思ったんです」
主人公の夜音次の家では毎朝、見た夢の内容を母親に報告する習慣がある。母親はそれをノートに記録し、災害などのニュースが報道されるたびにノートを見返しては、息子が予知夢を見ることを確信している。一方、息子が次のように話す場面がある。
一番楽しい瞬間は
《地震も竜巻やハリケーンも、地球のどっかでしょっちゅう起こってる》
「夢と現実はいくらでもこじつけられるんですよね。お母さんは子どもの予知夢の力を信じていますが、そうした力が本当にあるかどうかはわかりません。ここにも信じることの危うさが潜んでいるように感じます」
四話目の「金の糸」では主人公の六実が高校の同級生のゴンゾーとスリーピースバンドを組み、人気を博していく。
「もともとバンドの音楽が好きで、いつかバンドの話を書いてみたいと思っていたんです。いくつかの3人編成のバンドのことを思い浮かべながら、この話を書きました」
ルックスにも音楽の才能にも恵まれたゴンゾーは、カリスマを具現化した存在だ。
「ゴンゾーはいいやつで、好きなキャラクターです。ただ、作中の法則からすると、カリスマなのは六実です。六実にはある能力があるのですが、本人はそのことに気づいていないんですよね」
六実は最終話の「夢の子ども」にも登場し、5つの物語のつながりが明らかになる。
「一話目から最終話を書くまでに10年ほどの間があるので、忘れてしまった部分もあるのですが、一話目を書いている時点で、最終話の内容がなんとなく見えていたんです。ひとつの短編としても楽しんでいただきつつ、一冊にまとまったときに発見がある物語になるよう、塩梅を探りながら書いていました」
5編の中でも、「夢見る家族」と「金の糸」には特に思い入れがあるそうだ。
「どのお話も楽しく書いていましたが、この2編の最後のほうは主人公と一体化しているような境地になれて最高でした。こういう感覚になれるときが、小説を書いていて一番楽しい瞬間かもしれません」
本書は、三浦さんにとって久しぶりの短編集となる。
「バンドを登場させたり、小さな奇跡を起こしたり、夢の中で妊娠や出産をしたりと、すべてが私にとっての挑戦でした。『夜の恩寵』を読んで、私の成長を感じていただけたらうれしいです」
最近の三浦さん
「最近、過去最高体重を叩き出してしまいまして……。一日の歩数が124歩、みたいな生活が続いていたので、一日5000歩を目標に歩くことにしました。あらゆる人に追い越されながら、いつもは自転車やバスを使う道を歩いています。『歩いたからいいかな』と、つい食べすぎてしまったりもするのですが、がんばって続けたいです」
取材・文/熊谷あづさ
三浦しをん(みうら・しをん)/1976年、東京都生まれ。2000年に『格闘する者に○』でデビュー。’06年『まほろ駅前多田便利軒』で直木賞、’12年『舟を編む』で本屋大賞を受賞。『あの家に暮らす四人の女』(織田作之助賞)、『ののはな通信』(島清恋愛文学賞・河合隼雄物語賞)、『愛なき世界』(日本植物学会賞特別賞)、『光』『ゆびさきに魔法』など著書多数。『のっけから失礼します』『しんがりで寝ています』などのエッセイも多い。

