日本では、生涯で2人に1人ががんを経験するといわれている。自分自身が当事者でなくても、大切な人が診断を受ける日は誰にでも訪れる。いざという時に慌てないために、元気な今のうちから備えておくことが大切だ。治療、生活、そして人生の選択ーー。知っておくべき備えを、医師が解説。
平常時に正しい知識を集めておく
「日本では2人に1人ががんになります。たとえ自分がならなくても、家族やパートナー、友人のうち、誰かは必ず罹患するということ。だからこそ、がんになったらどうするかを事前に考えるのは、人生の大切な備えです」
そう話すのは、元病理学教授で医師の仲野徹先生だ。「がんは運やからしゃあない」と割り切り、勇気を持って立ち向かってほしいと語るが、2年前に妻の子宮体がんがわかったときは、心が乱されたそう。
「普段偉そうなことを言っているのに、こんなにも覚悟ができていなかったのかと、自分でも驚きましたね(笑)。シミュレーションをしていても、実際に家族ががんになるのは、こうも違うのかと。
たいていの患者さんも悲観的になりすぎたり、逆に楽観的な情報にすがり、偏った民間療法を信じてしまうことも。ですから平常時に正しい知識を集め、考えをめぐらせましょう。いざ、がんになった時、自分の状態を客観視できます」
症状の度合いによっての対処法を考えておくとよいそうだ。
「近年では胃がんや大腸がん・子宮がんなど、初期で見つかると予後がよいものもあれば、治療が施しにくいがんもあります。ステージ1と診断されても再発する人がいれば、ステージ4でも長生きする人もいる。運の要素が大きいんです。治りそうか、厳しそうか、その中間なのか。3つのパターンを想定しておくのが理想です」
がんと診断されてまず悩むのが、病院選びだ。現在は専門医のいる総合病院とクリニックが連携しているため、かかりつけ医に相談するのが手っ取り早い。しかし仲野先生自身も妻の病院選びに迷ったそう。
「徒歩圏内の中規模総合病院・大規模な総合病院・がん専門病院の3つで迷い、専門病院を選びましたが、正解はありません。それでも厚生労働省が定めた都道府県がん診療連携拠点病院や、地域がん診療連携拠点病院などは間違いないでしょう。症例数も参考になる。しかし闘病が長引く可能性もあるので、通いやすさも重要です。見舞いや手術の付き添いなど、家族の負担も考慮しましょう」
治療については、がんの種類やステージによって異なるものの、一般的には標準治療を基本に進められる。
「現在ではインフォームドコンセントに基づき、患者が治療法を選択せねばなりません。その際、主治医はいろいろと説明してくれますが、患者さんは聞いてもよくわからないですよね? 医療の進歩によって治療法や緩和療法など選択肢が増えたことで、判断が難しくなっていると感じます」
そこで仲野先生がすすめるのが、AIを「予習」に活用することだ。
「ただしAIの情報をうのみにしては絶対にダメ。主治医の説明を理解するために使い、最終的にすべて医師に確認しましょう。医師と相談の上でベストな治療法を決めたら、あとは思い悩みすぎないことです」
看取りの基本方針だけでも家族と共有しておく
治療による副作用が強い場合、どう対処するかを考えておくのは、最も重要だ。
「副作用がひどくて患者は治療をやめたいのに、家族は少しでも長生きしてもらおうと治療を続けさせる、なんてことはよくあります。私の母は25年以上前に胃がんの手術を受け、退院後は抗がん剤を服薬していました。ですが、倦怠感があるといって薬を勝手にやめてしまったんですよ。さすがに無理をしてでも続けたほうがいいとすすめましたが、本人が嫌だと言うのでどうしようもない。
周りは心配になりますが、どこでギブアップするかは、本人のつらさと薬の効果の兼ね合いで考えるしかないですね。それでも母は術後四半世紀ほど生きましたし、手術で自然に減量したおかげで、膝の痛みが軽減されたと喜んでいたりして、予後はわからないものです」
我慢強さや性格には個人差があるため、治療方針の希望も事前に伝えたい。
「私自身はしんどい治療は嫌で、緩和療法を目いっぱいしてほしいタイプ。緩和ケアは治療をサポートするものでもあり、早くから取り入れることでQOLが向上し、納得いく生きざまを支えます。その際に家族にどのように接してほしいかも伝えましょう。我慢しすぎるタイプだから、本当に大丈夫か気にかけてとか」
もしもの時の延命治療や、看取りの方法については、基本方針だけでも家族と共有しておくべきだ。
「状態が悪くなってからでは、延命治療や看取りについては、話題に出しにくいですからね。多くの人は、できたら最期は家で迎えたいけど、叶わないなら仕方ないと思うのかな。こればかりは家庭の事情や、お住まいの地域によってできることが変わります。現在は在宅ホスピスという、自宅で最期を迎えるために医療・介護チームが支える体制や、公的扶助も整っているので、調べておきましょう」
親しい人ががんになった時に大切にしたい、3つのことがあるという。それは、1・生きている間に会いに行く 2・何かを伝えるより、語り合う 3・気にはかけるが、気にしすぎない。
「どれも、これまでどおりの気遣いで接することがいちばんだということ。もうすぐ死ぬかのごとく同情されるのも嫌ですし、何事もなかったように扱われるのも嫌でしょう。患者は、ただ話を聞いてもらうだけで落ち着くこともあるし、つらい時こそ普段のようにバカ話をしたいものです。
そして、見舞いに行けばよかったという後悔は本当に大きいんですよ。私が医者になりたてのころ、叔父が食道がんを患いました。当時は治りにくいがんでしたし、本人に告知をしていなかった。いろいろ聞かれたらどうしようと悩み、ほとんど見舞えなかったことは、今でも残念に思い出しますからね」
そのため仲野先生は、元気なうちに“会いたい人に会いに行く行脚”を計画中だ。
「がん罹患者の多くは、がんをきっかけに生き方が変わったと言うんです。特に時間を大切に生きようと思った人がとても多い。いつか来る日を想像し、私みたいに好き放題して(笑)、日々楽しく生きるしかないんです。がんを自分事として考えると、自分がどんな人だったのか、何が大切で、どんな人生だったのか。それを見つめ直せる気がしますね。いざ、がんになってから考え方が変わるのは、まったく自然なことです。その時々の心身の状態に合わせて、柔軟に考え直せばいいんです」
元気な今だから家族と話しておきたい5つ
・治療をどこまで望むか
・副作用が強い場合の考え方
・緩和ケアについての希望
・延命治療に対する意思
・最期を過ごしたい場所
主治医と相談しながら「標準治療」
「標準治療」と聞くと、「一般的な治療」というイメージを持つ人も多いかもしれません。しかし実際は、科学的根拠に基づき、現時点で最も効果が期待できる治療法のこと。新しい治療が必ずしも最善とは限らないため、まずは標準治療を基本に、主治医と相談しながら自分に合った治療方針を考えていきましょう。
AIは「予習」に活用しよう
医師から治療の説明を受けても、専門用語が多く、その場ですべてを理解するのは難しいもの。仲野先生は、AIを「予習」のために活用するのは有効だと話します。事前に治療法について調べたり、疑問点を整理したりしておけば、医師の説明も理解しやすくなるでしょう。ただし、AIの情報をうのみにするのは禁物。理解を深めるための補助として活用し、最終的には必ず主治医に確認しましょう。
取材・文/植田沙羅
仲野 徹先生 大阪大学医学部卒業。京都大学医学部講師、大阪大学微生物病研究所教授などを経て、2004年~2022年に大阪大学大学院医学系研究科病理学の教授を務めた。2012年には、日本医師会医学賞を受賞。

