「とても可愛らしい雰囲気で明るく気さくに接してくれたこともあり、私も子どもたちもすぐになじめた気がします」
最初は『24時間テレビ』出演に抵抗感
チャリティーパートナーを務める芳根京子の印象をそう語るのは、はらだまさこさん(45)。2023年にALS(筋萎縮性側索硬化症)の診断を受け、少しずつ身体が動かなくなっていく進行性の病気とともに生きながら、子どもたちに自分の味と記憶を残したい、と不自由な手でレシピを書き始めた。
そのレシピが一冊の書籍『もしもキッチンに立てたなら 難病ALSのママが綴るいのちのレシピ』(徳間書店)となり、今年5月に「週刊女性PRIME」でも取り上げ、多くの反響を呼んだ。
そんなまさこさんが8月29日、30日放送の『24時間テレビ49―愛は地球を救うー』(日本テレビ系)に登場する。
「最初にお話を伺ったときは、乗り気ではなくお断りするつもりでいたんです。病気の人の苦労話のように制作されるのは嫌だなと思って。私は、母であり、娘であり、仲間がいて、料理を作るのも食べるのも大好きで、旅行も好きです。ALSの病気だけの私ではない。
正直な番組のイメージとそこに自分が映ることへの抵抗感を先方に伝えましたが、企画が明るく希望を持てる内容だったこともありお受けすることにしました」
と、番組出演に至った心境を明かす。福岡でオーガニック喫茶店『Sounds Food Sounds Good』を営むまさこさん。2021年、長女のリンちゃんを出産した39歳のころから身体に異変を感じるように。出産による骨盤の歪みかと思い整骨院に通うも、骨に異常はない。医療センターでMRIや血液検査をしても、同じく異常なし。大学病院でいくつもの検査を受けるも、なかなか病名は特定されない。
そんななか、カルテに“神経の異常”と書かれているのを見てしまう。その瞬間を“全身の血の気が引くようでした”と、まさこさんは表現する。体調不良の原因を調べていくなかで、ALSが神経の病気であると知っていたからだ。“ALSしかない”というあきらめと、“違っていてほしい”という願いが交錯する日々。
「当時のことを思い返すと、あまり覚えていないんですよね。食べることが大好きなのに、何を食べていたかの記憶もなくて。毎日“どうしよう、どうしよう”という気持ちでした」
まさこさんの“宝物”
ALSだと告げられたのは、2023年6月。大学病院の一室で、その瞬間、涙があふれ止まらなくなった。言葉が出なくなったまさこさんに代わって、隣に座っていた夫が静かに「わかりました」と答えた。
成長していく子どもたちに、何もできなくなっていく自分がふがいなく、申し訳ない気持ちがこみ上げてくる。“どう生きたらいいのか”“どう前に進めばいいのか”“治すにはどうすればいいのか”と、診断を受けて以降ずっと、頭の中で繰り返していた。
「気づくと涙が出てきてしまう日々でした。でも、当時小学生だったタカラが、泣いている私に“ママなら大丈夫だよ!”と言ってくれて。その言葉で少し立ち直れましたね」
そして、次第にまさこさんの中で、前を向こうという気持ちが芽生えてくる。
「泣くことに飽きたというか、泣いている時間がもったいないと思うようになったんです。“どう生きたらいい?”ではなく、“私はこう生きたい”と考えるようにしようと」
まさこさんには生きざまを見せたい2人の“宝”がいる。長男のタカラくんと長女のリンちゃんだ。「週刊女性PRIME」が取材した際には中学生になったばかりで難しい年頃だったタカラくん。うれしい変化が起きたようで、
「以前は隣に座るのも嫌がっていて、同じ部屋にあまりいなかったんですけど、ちょこんと隣に座るようになって、会話も増えて、本がきっかけでちょっと反抗が和らぎました」(まさこさん)
今回の24時間テレビではタカラくんが、芳根と一緒に母の味を作ることに挑戦するという。
「私がキッチンに立てなくてもタカラとリンがキッチンに立って私の味を作って思い出してくれたら、と残したレシピでした。こんなに早く夢が叶うなんて」
まだ治療法が確立されていないALS。だが、わずかではあるが、進行が止まったり症状が軽くなった例=「ALSリバーサル」がある。“世界のどこかに回復した人がいる”という事実が、まさこさんの心に小さな明かりを灯した。「リバーサルにかけて生きよう。私は希望を捨てない」という思いを胸に、今日を生きていく。
