7月に起きた熊本地震や、各地で続く災害のニュースを見て、改めて防災について考えた人も多いのではないだろうか。とはいえ、「何から始めればいいかわからない」「専用の防災グッズをそろえるのは大変」と、つい後回しにしてしまいがち。
でも、命を守るために必要なのは、特別な準備ばかりではない。日頃の暮らしを少し見直し、できることから始めることが、いざというときの備えになる。災害対策のプロに、今すぐできる防災アクションを聞いた。
災害を左右するのは日頃の備え
「熊本地震の発生後、現地の避難サポートに向かったのですが、日頃から防災の準備をしていたか否かが、地震後の生活の明暗を分けていると強く感じました」
と話すのは、国際災害レスキューナースとして被災地で活動する辻直美さん。
「被害の状況をニュースで見て対策をしなくてはと思ったものの、何から手をつけたらいいかわからないという人も多いのではないでしょうか。実際、防災を後回しにする人は50%近いという調査結果もあります。でも、防災の目的は『被災しないための準備』ではなく、『被災したときに1日も早く日常に戻るため、復興のための準備』なのです」(辻さん、以下同)
備えが進まない原因として「お金や手間がかかる」「具体的に何をどのくらい用意したらいいのかわからない」というものが多い。だが辻さんは、特別な防災グッズを買う必要はなく、日常生活を整えることが防災につながると話す。
辻さん自身も、大阪のマンションに住んでいたときに大阪府北部地震を体験。震度6の大地震だったにもかかわらず、辻さん宅では床に落下したり壊れたりした物はなく、被害はなかった。しかし、隣家では家具が倒れ、多くの物が落下し、骨折するという惨事に。
「同じ間取り、同じ強度の家でも、備え次第でここまで状況が変わります。隣家の台所は割れた食品や調味料が床に散乱。すぐに片づけることができず、そのうちにコバエが発生する不衛生な状態に。家の復旧費用に60万円かかったそうです」
両家の違いは、日頃から防災を意識した家づくりをしていたかどうか。
「家の中を防災専用グッズだらけにしなくても、普段から物を減らしたり、家具の配置を防災目線で考えていれば、逃げやすく被害が少ない家になります」
自分の住む地域のことを知る
「災害対策を何から始めたらいいかわからない人は、まず自分の住んでいる地域の災害リスクを知ることから始めましょう。『地震10秒診断』というウェブサイトで確認できます」
さらに、家庭ごとに必要な備蓄品がわかる「東京備蓄ナビ」や、防災グッズを提案する「パーソナル防災サービス」などのサイトを使えば、どんな備蓄品をどのくらい準備すればよいのかを具体的に知ることができ、やみくもに防災グッズを買う必要はなくなる。
また、大規模な災害が発生すると、家屋の倒壊やライフラインの停止などが原因で、自宅に住めなくなることがある。近くの避難所を地図で確認するだけでなく、一度、徒歩で行ってみることも災害対策だ。
「目的地の途中に坂道や階段があれば、到着までに予想していた以上に時間がかかる場合も。特に高齢者や小さなお子さんと一緒に避難をする予定の人は、一緒に歩いてみると練習になります。到着までのルートや所要時間を事前に知っておくことで、いざというときに落ち着いた行動がとれますよ」
防災というと乾パンなど特別な備蓄品が浮かぶが、辻さんは「日常的に食べているもの」を推奨している。
「普段から食べている米、パスタ、冷凍うどん、お菓子などを少しずつ多めにストックし、備蓄しています。それを日頃から賞味期限の順番に食べ、また補充する、日常備蓄(ローリングストック)です」
心身が弱ってしまう被災時には美味しいものが心の健康につながるため、自分の好きな食べ物を備蓄しておくのがおすすめだ。
「私は出張先でご当地レトルトカレーを買って自宅に持ち帰り、“災害用リュック”に入れています。新しいカレーを買うたびにリュックの中のカレーを食べ、入れ替えます」
この日常備蓄に、冷蔵庫の中の食品をプラスすることで、自宅避難で1か月は暮らせるようになる。
「水も、何年も保存できる災害用の水ではなく、スーパーで売っているミネラルウォーターを多めに買って日常的に使い、減った分を補充すればいいのです」
備蓄は家の中のさまざまな場所に分散させることも大切だ。1か所にまとめて保管していると、その場所が被災すると取り出せなくなってしまう。
一方、防災用品を買っただけで安心してしまい、開封せずそのまま保管しているというケースがよくある。
「防災用品を買ったら必ず使ってみてください。特に災害用トイレは災害時に急に使うのは難しいので、使い方に慣れておきましょう」
“被災しても自治体がなんとかしてくれる”と思っている人もいるが、被災地では自治体に頼りきることは難しいため、心構えが必要だと辻さんは話す。
「基本的に、災害対策は自分たちで行うことが大前提。自宅が崩壊危機にある人は避難所に行く場合もありますが、避難所は自治体が屋根と床だけを提供してくれる場所と考えて、自分でしっかり備えましょう」
家の中を整えて安全地帯を作る
「もし地震が起きたら、家の中のどこに避難するかを決めておくことも大切な防災です。おすすめは玄関や廊下。避難の妨げにならないよう、リビングから玄関までの経路となる廊下には日頃から物を置かないことを意識して。リビングには、どこからも物が落下しない安全スペースをつくっておきます」
リビングは、家の中で最も人が集まる場所。防災と生活動線の両面から、置く物や家具の配置を考えておきたい。特にソファとテーブルの間にゆとりをもたせて配置しておけば、玄関までの避難経路として使うことができる。ソファにクッションを置いておくと、逃げるときに頭に載せて落下物から頭を守る防災頭巾代わりにすることも可能だ。
「災害のときに重要な避難口になる玄関には、逃げるときのために履きやすい靴を1足出しておきましょう。わが家では、避難時につまずかないよう、玄関マットは使用していません」
家具や物が多いと、倒れたり、棚や壁から落下したりして、地震発生時のケガのリスクにつながる。
「家具が倒れてくるとケガや圧死のリスクが高まるため、背の高い家具は突っ張り棒などを駆使して動かないように調整を。テレビはテレビ台から落ちて壊れやすいので、足の部分を転倒防止ジェルで固定しましょう。
床に落ちて散乱したガラスや、陶器の破片に気がつかずに、避難時にその上を歩き、大ケガをすることがあります。棚の置き時計や花瓶などの固定には、100円ショップの滑り止めシートや耐震ジェルが利用できます」
踏むとケガの原因になる耳かきやボールペンなどの先がとがった物は、定位置を決め、使ったら元の場所に戻すことを習慣に。
「例えば、ふた付きの箱を用意しておいて、夜寝る前に散らかっているものをいったんすべて入れる。それだけでケガのリスクを減らすことができます。片づけを習慣化することで、すっきりと片づいた部屋で過ごせて、それが防災につながるのです」
最新の防災情報をチェック
「災害時、これをやればいいと思っていたことが、じつは誤った情報だった……ということがよくあります」
1つ目は、「お風呂の残り湯をためておけば、トイレの水として使える」というもの。
「地震で断水しても、お風呂の残り湯をトイレに流すのはNG。地震でマンションの排水管が壊れている可能性があるからです。上の階のトイレで流した水が下の階のトイレからあふれ出し、訴訟問題になることも。一軒家のトイレも同様に、排水管が壊れて水が逆流する場合があるので、排水管の安全が確認されるまで災害用トイレを使いましょう」
2つ目は、「地震が起きたら安全なトイレやお風呂場に避難する」というもの。
「トイレに逃げ込むと、ドアの外に置いてある荷物や洗面台が倒れてドアが開かなくなり、閉じ込められる危険性が。お風呂場も、洗面所に収納しておいた物が床に散乱し、部屋に戻れなくなりやすいのです」
SNSによる偽情報にも注意が必要だ。大規模な災害が起こると、事実と異なる情報やAIによる偽動画、義援金詐欺などがSNS上に氾濫しやすい。それらの偽情報に振り回され、善意で拡散させてしまう人もいる。
「真偽不明の情報は避難や救助などの妨げになり、被災地を混乱させます。国や自治体など、信頼できる発信元からの公式情報かどうか、よく確認してから共有を行ってください」
いつ起こるかわからない災害。だが、日頃から備えておけば被害を最小限に抑え、日常生活を1日も早く取り戻す足がかりになる。
「防災は特別なことではありません。日々の暮らしを見直して整え、無理なく楽しみながら対策をしてみてください」
早めの備えで被害を減らす
台風や大雨が原因で、川が氾濫して起こる水害。
「恐ろしい災害ですが、自治体や気象庁が発表する警戒レベルを確認すれば、数日前から予測ができ、備えることも可能です」(辻さん、以下同)
気をつけたいのが、家の近くを流れる川の水位。急に上がることがあるので、警戒レベルが3になったら高齢者がいる場合は避難を始め、レベル4になったら全員がすぐに避難をする。レベル5になると、すでに避難は難しいので、できるだけ高い場所に逃げる。
「避難するかどうか、決断することが大切です。避難をするかどうか迷っていたら、一気に水が押し寄せてきて、2階まで浸水したという人がいます。水害は、水の勢いが強く急激に浸水するので、早めの避難が第一です」
水害の心得
・国土交通省や各自治体の「ハザードマップ」を見て、災害の3日くらい前からどんな行動をするかという「マイ・タイムライン(防災行動計画)」を作成し、家族で共有しておく。
・備蓄を確認。地震同様、特別なものを買う必要はない。
・家の出入り口や排水口からの浸水を防ぐために、土のうや水のうを用意。
・浸水に備えて、濡らしたくない家財道具などは、家の中の高い場所に移す。
・防災リュック内の水濡れ防止対策をする。リュックの内側にゴミ袋を広げ、その中に種類ごとにチャック付きポリ袋で密封した持ち物を入れると安心。
・避難時は貴重品を肌身離さず持つ。災害時はマイナンバーカードさえあれば、キャッシュカードや預金通帳がなくても本人確認のみで出金できる。
・水位は急激に上がるため、忘れ物をしても取りに戻らない。
・避難時は長靴ではなくスニーカーを履く。傘で水の中を突いて安全を確認しながら歩く。
・避難は徒歩で行う。車は、渋滞や水位の急上昇で流されることがあるので避ける。
取材・文/松澤ゆかり 写真提供/『最強版プチプラ防災』(扶桑社)
国際災害レスキューナース、一般社団法人育母塾代表理事。看護師歴35年、災害レスキューナース歴31年。国内外30か所以上の被災現場で活動するほか、防災教育にも尽力している。近著に『最強版プチプラ防災』(扶桑社)
