《えー、そんなのあり?》
《自刃ではなく、飛び降りとな……》
8月30日放送のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』の放送終了後、Xには冒頭のような視聴者の書き込みがあふれた。
この回は賤ヶ岳の戦いで敗れた柴田勝家(山口馬木也)が、北の庄城に妻・市(宮﨑あおい)と共に籠城。羽柴軍に追い詰められ、天守から2人で手を取り飛び降りた─という展開だった。勝家と市の最期を飾った演出だが、このシーンについて歴史評論家の香原斗志さんは「噴飯もの」と斬り捨て、こう続ける。
憤死するくらいのひどい演出
「まず、あの時代の常識として、飛び降りは自分自身の力で死ぬことができない、女や子どもの自死のやり方。戦国武将が自ら死ぬときは、切腹一択なんですよ。
昔から腹は魂の宿る場所とされ、その腹を切ることで自身の高潔さや精神性の高さを示しました。特に勝家は名誉を重んじる武将でしたから、柴田家の名誉を保つためにも飛び降りることなんてしません。もし勝家本人があのシーンを見たら、憤死するくらいのひどい演出でしょう」
今も史料として読むことのできる『太閤記』などには、勝家と市は秀吉方の精鋭数十人に天守に追い詰められ、まず市を刺殺した後「自分の死に方を見ろ!」と腹を十文字にかき切って死んだとされている。
「宣教師のルイス・フロイスの書簡でも勝家の最期について、天守に藁を敷き、そこに火薬を撒いて火をつけて妻や一族を殺してから自ら腹を十文字に切った、と書き残されています。こういった史料から、勝家が切腹で死んだことは動かせない事実といえるでしょう」(香原さん、以下同)
また、賤ヶ岳の戦いの演出で秀吉側の中川清秀(すがおゆうじ)が勝家側に寝返り、前田利家(大東駿介)に討たれた演出にも香原さんは苦言を呈する。
「現存している秀吉の書状でも、清秀が秀吉側として大岩山砦を最後まで守り、戦死したと書かれています。その死については敵に討たれた、切腹したと説はいろいろありますが、秀吉を裏切ったとはどこにも書かれていません。
今回は利家が勝家を裏切ることをドラマチックに描くため、言葉は悪いですが、刺身のつまのように利用された感じです」
この演出については、清秀ゆかりの地である大分県竹田市と、大阪府茨木市がNHKに対して「遺憾の念を禁じ得ない」と文書を送ったと報じられた。このほかにも、これまで『豊臣兄弟!』では史実とは違う演出で物議を醸してきた。
「何百年も前を舞台にしたドラマなので、史料をもとに描ける部分は限られています。だからフィクションで空白の部分を埋めていくことは当然です。その際に時代の状況、取り上げる人物のあり様をできるだけ当時の常識に近づけることは必要だと思います。
今回ならば戦国時代の常識を押さえながら、フィクションを作り上げる力量が制作サイドに問われるのでは? 大河ドラマを見て歴史が好きになる子どもも多くいます。そういう影響力も考えて、史実の改変はしてはいけないのではないでしょうか」
