67歳で亡くなった、グレート義太夫さん

「たけし軍団」のメンバーとしてバラエティ番組で活躍し、ミュージシャンとしても活動していたお笑い芸人のグレート義太夫(本名・鈴木正之)さんが、都内の自宅マンションで亡くなっていたことがわかった。67才での早すぎる旅立ちとなった。

不整脈で心臓が7秒止まった

「7日の午後、東京中野区の自宅マンションの階段で倒れているのを発見されたようです。搬送先の病院で死亡が確認されましたが、目立った外傷はないとのこと。長年闘病してきましたが、亡くなる前日まで活発にブログを更新していたようなので驚いています」(大手事務所関係者)

 グレート義太夫さんは1983年にビートたけし氏に弟子入り。フジテレビ系『オレたちひょうきん族』をはじめとする多くの人気バラエティ番組に出演し、過激で体を張ったリアクション芸や愛嬌のあるキャラクターで親しまれた。また、音楽的才能にも長けており、バンド活動や楽曲提供などミュージシャンとしても多彩な顔を見せていた。

 華やかな活躍の裏で、義太夫さんは長年にわたり病との厳しい闘いを続けていた。1995年に糖尿病の診断を受け、その後「糖尿病性腎症」を発症。2007年からは人工透析治療を開始し、満身創痍となりながらも芸能活動を継続。

 さらに近年は、命に関わる大きな試練にも見舞われていた。2024年8月には、定期的な人工透析のために訪れたクリニックで著しい血圧低下と脈拍異常が見つかり、大学病院へ緊急搬送。2か所の心筋梗塞が発覚し、太ももの血管を用いて心臓にバイパスを通す10時間に及ぶ大手術を受けた。

 当時、週刊女性のインタビューで義太夫さんは、

「冗談抜きで、死にかけました。心筋梗塞が2か所見つかって。手術後目が覚めたとき、先生に“ギリギリでした。あと少し遅かったら本当に命が危なかった”と言われました」

8月に心筋梗塞で運ばれた義太夫。動けず、しゃべれず、意思が何も伝えられない怖さがあった

 麻酔から覚めた際の心境について、「動けないし、しゃべれないから、こちらの意思が何も伝えられないんです。それが怖かった」

 と語りつつも、真っ先に心配したのは復帰を待つ仕事のことだったという。軍団の仲間であるダンカンさんから「しぶといね!」「なかなか死なないね!」と愛のある冗談で励まされたエピソードを笑顔で明かしていた。

 手術後も闘病は続き、一般病棟へ移った直後に不整脈を起こし、7秒間にわたって心臓が停止。

「先生が言うには、心臓が7秒間止まっていたそうです。不整脈です。それでまたCCU(循環器疾患集中治療室)に逆戻り。看護師さんに“あれ、戻ってきた!”って言われちゃいました(笑)」

「あと少し遅かったら本当に命が危なかった」と医師から告げられるほど生死の境をさまよったが、苛烈なリハビリに耐え、奇跡的な回復を見せてファンや関係者を安心させていた。


 過酷な闘病を繰り返し経験しながらも、持ち前のユーモアと笑顔を絶やさず、最期までお笑い芸人としての誇りを持ち続けたグレート義太夫さん。昭和・平成のバラエティ界を盛り上げた稀代のエンターテイナーの冥福を、心より祈りたい。