のぐち・まさふみさん/劇団四季に6年間在籍し、さまざまな作品に出演。独立後は舞台俳優として活躍。勇壮で華麗な民族舞踊「ジョージアンダンス」の日本人第一人者としてYouTube配信も行う。@georgiaarkhi(撮影/齋藤周造)

「地獄から舞い戻りました─」。そう笑って肉声動画を公開したのは、舌がんの大手術を乗り越えたダンサーのノグチさん。声を失うかもしれないという絶望を抱えていた彼が術後わずかで見せた驚異の回復とこれからの治療について話を聞いた。

口内炎だと思った舌痛はステージ3のがん

 舞台や宝塚歌劇団作品の振り付けなど、多忙を極めるノグチマサフミさんがステージ3の舌がんを宣告されたのは今年6月のこと。

「昨年の12月から舌の右側がずっと痛くて。全然治らず、4軒くらい歯科医院を回ったのですが、どこも口内炎との診断でした。

 でも、処方薬が効かず、痛みが引かないので、おかしいと思い始めていた5軒目で『がんの可能性があるので詳しい検査を』と言われ、総合病院への紹介状を書いてもらったんです。その後、6月11日に舌がんと告げられました」

 舞台の本番を2日後に控えている中、突然の宣告だった。

「その舞台で、私はチームを率いて民族舞踊のジョージアンダンスを披露する予定でしたので、がんを隠してひとまずやり遂げました」

 加えて首のリンパ節への転移が見つかり、ステージ3と診断される。

「自分ががんだということが信じられない一方で、医師からは術後、『話せるようにはなってもプロのレベルで歌うとこころまで戻すのは厳しいだろう』と言われ、『引退』の2文字が頭に浮かびました。『当たり前にできていたことを諦めないといけない。あぁ、僕はもう終わりだ』と絶望的な気持ちになって、かなり落ち込みましたね」

 出演舞台が決まっていたノグチさんは、闘病のため出演できない旨を運営会社に伝えた。すると「ならば個人でライブイベントをしたらどうか」と驚くべき提案が返ってきたという。

「『手術前のノグチマサフミの本気の歌を届けよう』ということで、急きょ企画・運営まですべてやってくれたんです」

 大学時代から一緒にミュージカルを学び、劇団四季でも一緒だった深堀景介氏も出演を快諾してくれた。

「売れっ子なので本当に多忙な中、二つ返事で引き受けてくれて……。彼には感謝してもしきれません。急にもかかわらず、7月5日のライブ当日は400人を超すお客様が来てくれて会場は満員に。

 『こんなに応援してくれる方がいるんだ』というのを目の当たりにして、絶望の中にいた私は希望へと引き上げてもらいました。このライブが、私のがんへの向き合い方を決定づけたと言ってもいいかもしれません」

術後の地獄の苦しみ

 手術を受けたのが7月22日。舌の3分の1から首の右側のリンパ周辺までを取り除き、同時に舌を再建するという大手術で、手術時間は15時間にも及んだ。

「歯科口腔外科や形成外科の先生など、すごい人数の方が手術室の中にいたのは覚えています。術後、目が覚めてまず感じたのは、息苦しさとのどの乾燥。それが本当に地獄の苦しみで……。舌は太ももの肉を移植して再建したのですが、術後すぐはむくんですごく大きくなっていて、口の中に収まりきらないんです。

 常に口を開けた状態になってしまうから口の中とのどが乾燥し、舌が気道をふさいでしまうから呼吸がスムーズにできない。細いストローでそーっと息をするような、集中しないと呼吸が止まってしまいそうな恐怖を感じました。術後1週間は本当に地獄の苦しみで『治ったら絶対にコーラを一気飲みしてやる!』と毎日思っていました(笑)」

のど元には、手術時の痕がまだ残る。「痛みはまったくありません。今後5年間は、転移や再発がないかを注意深く見ていくことになりそうです」(撮影/齋藤周造)

 手術から2週間弱、呼吸も安定してきてなんとか声も出せるようになったノグチさんは「話せることの喜び」をひしひしと感じた。

「まだ舌が大きいせいで滑舌はかなり悪いのですが、声が出ないなんて初めての経験だったので、嬉しかったです。病室で『がん手術を乗り越えた』という動画を撮影してYouTubeで配信したところ、私のチャンネルではいまだかつてないほどの再生回数に。

 たくさんの人が自分を応援し、注目してくれていることが大きな支えになりました。配信をやっていてよかったと思うのはこういうときで、コメントでたくさん励ましをいただいたり、舌がんや治療に関するさまざまな知識を得られて、ありがたかったですね」

 ちょうど1か月の入院期間を終えて8月下旬に退院。現在は今後の治療法を検討している最中だという。

「おそらく抗がん剤治療と放射線治療を1年かけてやることになりますが、詳細は未定です。抗がん剤で髪の毛が抜けると聞いたので、今後に備えて髪を短くカットしました」

 医師から舌は時間の経過に伴って小さくなり、今後は正常なサイズに戻ると言われた。

「この状態なら、もっと滑らかに話したり、以前のように歌えるのではと期待しています。そして食事をもっと楽しみたい。今は舌をうまく使えないので食事がしにくく、食べられるものが限られているんですよ。

 メスを入れた首は右肩が少し上がった状態になっているので、回したり動かしたりしにくい。ダンサーに復帰するため、どこまで身体を戻せるかが今後の課題です」

厳しい時代を経験したから困難に耐えられる

滑舌が悪い状態を記録したいと、術後2週間でYouTubeやInstagramで配信を開始。人工呼吸器を入れていたのどの穴を押さえながら行った(本人のインスタグラムより)

 ノグチさんの目標は1年後に現役復帰すること。

「私はあまりに先の目標に目が行きすぎると目の前の小さなことが疎かになりがちなので、ひとまず1年後を目標に、今できること・すべきことを一つひとつ、着実にやっていこうと思います。がん患者はみんな『なぜ自分が?』とつい思ってしまうものです。

 僕は身内にがんの人もいないし、思い当たることとしては、お酒が大好きなことくらい。でも今は現状をそのまま受け入れ、ここから健康のためにできることを考えていきたいですね」

 ノグチさんがポジティブに治療に臨む姿勢を持てるのは、何より「恩返しをしたい」という気持ち。

「ファンや友人、スタッフ、本当にたくさんの方の助けや励ましがあったから前向きになれました。復帰することがそれに対する恩返しだと思っています。実は劇団四季の同期と話をしていて『俺ら、大変さの基準が高いから、治療もきっと乗り越えられるよ』と言われて、そのとおりだなと。

 俳優であるための稽古やトレーニングは体力的にも精神的にも本当に厳しかったけれど、それを一つずつ乗り越えてきました。だから自分を信じて治療に励みたいと思います。元気な姿をお見せできるその日を、ぜひ待っていてください」

取材・文/遊佐信子 

のぐち・まさふみさん 
劇団四季に6年間在籍し、さまざまな作品に出演。独立後は舞台俳優として活躍。勇壮で華麗な民族舞踊「ジョージアンダンス」の日本人第一人者としてYouTube配信も行う。(@georgiaarkhi)