「都知事候補 月岡あかり。月岡あかりをよろしくお願いいたします」─。
ベテラン声優・日髙のり子のキャリア
今年、東京都知事選を描いて大きな話題を呼んだドラマ『銀河の一票』(フジテレビ系)。同作で、声優であり、ウグイス嬢も務める白鳥光留役を演じたのが、ベテラン声優の日髙のり子だ。撮影では、実際に選挙カーに乗ってアナウンスをしたという。
「ロケでは実際にマイクを入れて撮影をしたのですが、それを聞いて立ち止まる人もいて、スタッフの方に『日髙さんの声は、人が振り返る声なんですね』と言っていただきました」
子役からキャリアをスタートし、声優になってからも、ドラマに出演してきた彼女だが、“声優役”を演じるのは今回が初めて。また、作中では、生成AIによって自身の声を無断で生成・利用されたことをきっかけに声が出なくなってしまう難役に挑戦した。
「アニメでも“失声症”の役は演じた経験がなかったので、声を失った人のしゃべり方を探りながら演じましたね。実は『銀河の一票』で脚本を担当していた蛭田直美さんとは、以前、別のアニメ作品でご一緒していて『機会があったらまたお仕事しましょう』とお話ししていたんです。それがご縁で、今回のオファーをいただきました」(日髙、以下同)
当初は役の詳細を聞いておらず、台本を受け取った際、その内容にとても驚いたという。
「事前にプロデューサーの方から『声優として活動していく中で“仕事をやめてしまおう”と思うほどの挫折をした経験はありますか?』といった質問をいただいていました。台本を読むと、私の回答とはまったく別のテーマだったのでびっくりしましたね。ただ、私が出演した第8話が放送されたのは、声の無断生成・利用が注目を集めていたタイミングだったので、問題への関心がドラマの放送と相まって、さらに高まった印象です」
日髙自身にとっても今回のドラマ出演は、声の無断利用について改めて考える機会になったという。
「ドラマでも描かれていたように、病で声を失った人にとって、生成AIが再び声を取り戻すきっかけになることもある。一方で声に限らず、イラストや音楽も無断で勝手に利用していいものではないんですよね。また、作中には『同じセリフであっても、感情の込め方によって違う言葉に聞こえる。それはAIにはマネできない芸当だ』といった趣旨のセリフも登場するのですが、とても共感しました。今のところ、私たちはAIに負けることはないんじゃないかな、と思っています」
声の無断利用をめぐっては、法的な保護のあり方についても議論が進んでいる。『銀河の一票』も、この問題に一石を投じた作品のひとつといえるかもしれない。
『あさイチ』収録で大緊張してしまい…
彼女の声を聞くと、生活情報番組『あさイチ』(NHK)の「ときめき! ハピ技」のナレーションを思い浮かべる週女読者も多いはず。生活に役立つ情報をクイズ形式で紹介していく人気コーナーで、ナレーターとスタジオメンバーとのかけ合いも見どころのひとつだ。
「8年前にこのお仕事をお受けしたときに、スタッフの方から『ナレーターでも、スタジオの皆さんと和気あいあいと会話をしてほしい』という要望をいただいたんです。ただ、初めのころは全国ネットの生放送で『あさイチ』という大看板に緊張してしまい、なかなかうまくしゃべれませんでした」
当初は、これまでの仕事で培ってきたフリートーク力もなかなか発揮できなかったとか。そこで突破口となったのが、発想の転換だった。
「『あさイチ』を“ラジオの収録”だと思うことにしたんです。生放送でも、私はブースにいてスタジオの様子をモニターで見ている状況なので、これはラジオだと考えるようになってからは冷静にかけ合いができるようになりました。
3月から体制が変わり、私のほかに3人の声優さんが週替わりでナレーションを担当していますが、これまでの私のかけ合いを参考にしてくれているそうです。それでも『なかなかアドリブは言えない』と話していました(笑)」
『らんま1/2』に35年後も出演して
本業の声優としても、日髙は『タッチ』(フジテレビ系)の浅倉南役をはじめ、ジブリ映画『となりのトトロ』の草壁サツキ役、『名探偵コナン』(日本テレビ系)の世良真純役や『呪術廻戦』(TBS系)の九十九由基役など、超人気作で活躍している。
中でも近年注目を浴びたのが、'24年に第1期の放送がスタートしたアニメ『らんま1/2』(日本テレビ系)の天道あかね役だろう。高橋留美子原作の『らんま1/2』のアニメは、'89年にも放送されており、新シリーズでは当時のメインキャストが再集結。往年のファンからは「あのころのあかねちゃんが令和にいる!」と、歓喜の声が上がった。
「同じ作品の同じキャラクターを35年後に演じる機会はほとんどないので、私自身、とても貴重な経験をさせていただいています。平成版のころは私もデビュー5年目だったので、若さの勢いで演じていた部分もありました。でも今は、高橋留美子先生がお描きになっているあかねちゃんの感情のすべてをすくい上げて、理解できる心の余裕があります。当時は技術が足りずにできなかった演技に挑戦している感覚です」
新シリーズへの出演を機に原作を読み返し、“平成版とは異なるアプローチ”であかね役を演じているそうだ。
「制作の方から『原作に沿った形で“らんま1/2”を作っていく』というお話を聞いていました。実際、平成版を懐かしむだけでなく、初めて『らんま』を見る若い人も新鮮に楽しめる作品になっています。私自身もせっかく2度目のチャンスをいただいたので、より完全なあかねちゃんに近づけたいと考えながら演じていますね」
10月から第3期の放送を控えている同作。完全体へと近づいたあかねちゃんに、ぜひ注目したい。
新しい現場へ行くといつも学びがある
声優から俳優、生放送のナレーションまで、幅広い活動を続けている日髙。先日インドネシアで開催された「AFAID26(Anime Festival Asia Indonesia2026)」のステージにゲスト出演した際には、日本のアニメ文化が世界に浸透していることを実感したそう。
「まず、現地の方々が、私が話す日本語にすぐさま反応している様子に驚きました。すべてではないと思いますが、皆さん、アニメを見て日本語を学んでいるそうです。特に今は、ネット配信などで世界中の人が昔の作品にも触れられる環境ですよね。
イベントに来てくれた20代前半の女の子は、最近Netflixで『タッチ』を見てファンになったと話してくれました。タッチのセリフを言ってほしいと頼まれて『甲子園へ連れてって』と言うと、とても喜んでくれて、私もうれしかったです。でも、甲子園って、何かわかるのかな?(笑)」
インドネシア訪問は、日髙にとっても貴重な経験になったという。
「声優の現場でも『実は、あのアニメが大好きでした』と言ってくれる若手声優の子もいるんです。でも、そう告白してくれるのは、たいてい最終回の収録日。それまでは私と話すときも緊張している様子だったので『もっと早く言ってくれたら仲良くなれたのに!』と思うこともあります。もしかしたら、同じプロとしての意識が働いているのかもしれませんね」
声優として第一線を走り続ける日髙だが、新しいアニメの現場は今も学びの場だという。
「スタジオに行くと、その作品で求められている演技の空気感がわかるので、自分もそこに合わせて調整していきます。『呪術廻戦』に出演したときは『抑揚少なめでフラットにお願いします』とオーダーされて“削ぎ落とす演技”をしました。新しいアニメに出演すると時代の流れがわかるので、とても勉強になりますね」
声のアスリートとして鍛錬の日々は続く
声優デビューから42年を迎えてもなお、学び、吸収し続ける日髙。若々しさを失わないその声は、ストイックさの表れでもある。
「30代のときに声の出にくさを感じて、通い始めたボイストレーニングで『若いころと同じように筋肉の状態を保っていれば、何歳になっても若いころの声が出るよ』と先生にアドバイスをいただいたんです。それ以来、筋トレを習慣にしています。
また、筋トレだけでなく、全身のこりをほぐすのも声のコンディションを整えるコツ。役柄は、声だけでなく全身で演じているんです。実際、アクションシーンを演じると翌日には背中が筋肉痛になるんですね。そんなときはマッサージに行って、身体をほぐすように心がけています」
最近は携帯用吸入器を持ち歩き、生理食塩水を入れて喉の潤いを保つように心がけているそう。まさに“声のアスリート”だ。
「吸入器は手軽に喉を潤せるので、読者の方にもおすすめです。実は、『らんま』の現場でも、みんなとの話題はもっぱら“健康”について。37年前と一番変わったのは会話の内容ですね(笑)」
ひたむきに声優道を歩み続ける彼女に、今後の展望についても聞いた。
「俳優もナレーションも、お声がけいただければ、喜んでお受けしたいです。そして、ずっとやってきた声優でも、新しい仕事にどんどんチャレンジしていきたい。今後ともどうぞよろしくお願いします!」
さまざまな仕事に「声」で向き合う日髙のり子。これからも、その声で新しい世界を見せてくれるはずだ。
<取材・文/大貫未来(清談社)>
