28歳の若さで亡くなった「サイゼで喜ぶ妻」で有名になった、田口あわさん

 SNS上でかつて大きな波紋を呼び、ネットミームとしても知られた『サイゼで喜ぶ妻』。そのモデルとしても知られていたグラビアアイドルの田口あわ(別名・白鳥あわ)さんが、9月9日に亡くなっていたことが分かった。28歳というあまりにも早すぎる訃報に、ネット上や関係者の間では困惑と悲しみが広がっている。

訃報が公になったのは9月中旬のことでした。田口さんが勤務していた新宿・歌舞伎町のバー『東京砂漠』のアカウントがSNSを通じて、ご家族からの連絡として死去を報告したのです」(フリーの芸能ライター)

 同店は《突然のご報告となりますが、9月9日、膣ギロチンのご親族より、彼女が亡くなられたとのご連絡をいただきました》と報告。《これまで応援してくださった皆様、彼女と過ごした時間やたくさんの思い出をありがとうございます。皆様と過ごした時間は、彼女にとっても大切な時間だったことと思います。ここに謹んで哀悼の意を表し、心よりご冥福をお祈り申し上げます》と追悼した。

Jカップという豊満なバスト

 田口さんが一躍注目を集めたのは2022年のこと。当時の夫が投稿した『サイゼで喜ぶ妻』と題したSNSがバズり、質素なお店でも笑顔で喜ぶ理想の妻として一躍有名人となった。

2022年、SNSでバズった『サイゼで喜ぶ妻』の田口あわさん

彼女は幼少期に見た志村けんさんの『バカ殿様』に出ていた、殿の隣にいる女性に憧れグラビア界を目指したようです。Jカップという豊満なバストでデビューを果たし、23年にはDVDをリリースしました。その後、ネットで話題になった夫とは離婚し、歌舞伎町のバーで働きながら新たな道を歩んでいました」(前出)

 田口さんの魅力はグラビアに止まらなかった。上京前から俳句に親しみ、「膣ギロチン」という強烈な俳号(ペンネーム)で句会に参加。俳人としても異彩を放っていたという。

俳句を愛するグラビアアイドルとして、2つを組み合わせた作品を作りたいと夢を語っていました。歌舞伎町のバーでも多くのお客さんに愛され、多彩な才能を見せていた矢先の死にお客さんも驚いています。死因については詳しい発表はされていませんが、“交通事故”だとSNSで明かした知人がいましたが、その後削除されています」(前出)

 2月まで田口さんが所属していた事務所の社長である、お笑いコンビ・ウーマンラッシュワアワーの中川パラダイスも《突然のことで、言葉が見つかりません》とポスト。

 28歳という若さでの突然の別れ。冥福を祈りたい。