スマートフォンのナビ(地図機能)を使って街路を辿[たど]る。古い住宅地を抜けると、「小さな古城」といった風情の、薄いグリーンの屋根を持つ大きな屋敷が、ポツンと立っているのが目に飛び込んできた。
テレビドラマに映った姿が、インターネット上で話題となっていた歴史的建造物を見に行ったときの光景だ。建物の中を見学出来ないことは承知していたものの、どうしてもこの目で実際に見て、雰囲気を感じてみたくて足を運んでみたのだった。
皇族の血を引く華族が所有していた旧「侯爵邸」
その建造物とは、神奈川県鎌倉市の旧華頂宮邸である。外観は、欧風民家に設けられるハーフティンバー様式で、洋風の門、敷地内の樹木、幾何学式庭園とが一体となり、往時の華やかな暮らしぶりを彷彿とさせる。緑で囲まれた落ち着きのある谷戸の景観を形成する貴重な建築物だ。
華頂宮家は、1868(慶応4・明治元)年に伏見宮邦家親王の第12王子(12人目の息子)である博経親王が創設。4代当主となった博忠王が1924(大正13)年に亡くなると、子供がいなかったことから廃絶が決まり、博忠王の弟・博信王は1926(大正15・昭和元)年に皇籍を離脱し、侯爵となった。
鎌倉市が公式に名称としている「旧華頂宮邸」は、皇室を出た華頂博信侯爵が創建した歴史的建造物だ。皇族ではなくなり「華頂侯爵家」を創設してから、旧華頂宮家の祭祀を承継した博信侯爵が、別邸でもなく本邸としたのが、1929(昭和4)年に完成したこの邸宅なのである。
だから、厳密には旧「宮邸」ではない。皇族の血を引く華族が所有していた旧「侯爵邸」なのだ。つまり正確には「旧華頂侯爵邸」ということになる。
ディーン・フジオカが主役のドラマの舞台に
鎌倉市浄明寺には、その「旧華頂宮邸』と呼ばれる皇室ゆかりの邸宅が、現在も残されているというわけだ。この旧華頂宮邸が同じクール(四半期)の2本のテレビドラマでロケに使用されていたために、SNSなどインターネット上で大きな話題となった。
2018(平成30)年に地上波の同じクールの人気ドラマで使用されるなど、ドラマ制作の現場で“引っ張りだこ”となっている状況について、邸宅を管理する鎌倉市では「撮影に適した(歴史や雰囲気のある)邸宅が東京都内にはあまりない上に、鎌倉が東京から近く、ロケに便利だという立地条件が背景にあるようです」と説明する。
旧華頂宮邸が同時に“登場”したテレビドラマは、フジテレビ系列の『モンテ・クリスト伯―華麗なる復讐―』とテレビ東京系列の『執事 西園寺の名推理』。前者は歌手で俳優のディーン・フジオカが主役を務め、主題歌も歌った作品で、「巌窟[がんくつ]王」の名で知られるフランスの小説『モンテ・クリスト伯』を原作にした復讐劇だ。
旧華頂宮邸は、ディーン演じる「モンテ・クリスト・真海」こと「柴門暖」の屋敷という設定になっていた。巌窟王とは、15歳の春にパリの貴族・アルベールが親友とともに月旅行へ出かけ、約束された将来、親が決めた婚約者など退屈な日常から抜け出した先に待っていたものが、大富豪のモンテ・クリスト伯爵との出会いだったという物語だ。
何もかも型破りなその姿に、次第に心惹かれるアルベールだったが、その出会いは少年の運命を揺さぶる壮絶な復讐劇の始まりだったというストーリーで、原作はA・デュマのフランス古典文学の名作である。仲間の罠によって全てを失った若き航海士が地獄の底から甦り、謎の大富豪であるモンテ・クリスト伯爵として裏切った仲間へ復讐していく人間模様が描かれている。
一方、後者の番組は、テレビ朝日系列で人気を集めた刑事ドラマシリーズ「遺留捜査」で主演を務めた上川隆也が主演。上川演じる「西園寺一」は、ベテラン女優の八千草薫(2019年没)が演じた人物「伊集院百合子」の執事という設定で、数々の事件を見事な“名推理”で次々と解決するストーリーだった。
旧華頂宮邸は鎌倉市が管理している
そして旧華頂宮邸は、このドラマの中では上川が働く「伊集院邸」として使われた。実は、さらにこの邸宅は、2016(平成28)にTBS系列で放送されたドラマ「IQ246~華麗なる事件簿~」でも、主人公の屋敷として使用されている。
そのドラマは、主演の織田裕二が貴族(華族)の流れをくむIQ(知能指数)246の天才的頭脳を持つ現代の男性に扮し、さまざまな事件を推理して解決する姿を描いた物語だった。鎌倉市が「旧華頂宮邸』と呼ぶこの建物は、前述したように、華頂宮家の博信王が皇室を出た後の“華族時代”に住んだ旧「華族邸」。要するに、旧「宮邸」と同様に“皇室ゆかり”の邸宅ではあるものの、くどいようだがあくまでも貴族の元邸宅なのである。
この2016年のドラマで旧華頂宮邸は、貴族の「法門寺沙羅駆[しゃらく]」を演じた織田の屋敷、つまりドンピシャの貴族邸となった。ただ、この織田の執事役を務めたのが、なんとディーン・フジオカだったことから「ディーンがわずか2年ほどの間に、執事から屋敷の主[あるじ]に“出世”した」として、ネット上での話題をさらに盛り上げた。
鎌倉市のホームページによると、旧華頂宮邸は、木造3階建てで屋根は銅板葺、外壁は木骨モルタル塗りとなっている。敷地面積は約4500平方メートルで、建物の延べ床面積は約580平方メートルに上る。
建物は鎌倉市民の文化財として1996(平成8)年5月に市が取得し、管理している。ちなみにこの邸宅は、2022(令和4)年末にテレビ朝日系列で放送された岡田将生・中井貴一ダブル主演の連続ドラマ『ザ・トラベルナース』でも使用。2024(同6)年10月からフジテレビ系列のいわゆる月9枠で放送された、鈴鹿央士主演で松本穂香がヒロインを演じた『嘘解きレトリック』でもロケ地となっており、引き続き、まさしく「ひっぱりだこ」の状態にあるというわけだ。
大島真生 1968年生まれ。産経新聞社で宮内庁、司法、調査報道班の各キャップ等を経て退社後、現在はジャーナリスト。著書に『愛子さまと悠仁さま』(新潮社)など
