長田拓郎 撮影/吉岡竜紀

不良キャラとマッチョな体格が印象的な注目俳優は、異色の経歴の持ち主だった。大学時代に柔道で頂点に立った輝かしい実績も、実は芸人として必要な肩書のためだったという。目標もなく過ごしていた時期に訪れたチャンス、そして俳優として叶えたいこととは─。

学生時代は柔道の全国大会100キロ超級で優勝

 186.5センチの長身と、対面すると圧倒されるほどの存在感。Netflixシリーズのドラマ『喧嘩独学』で、主人公たちを苦しめる不良・ハマケンを演じ、強烈な印象を残した俳優の長田拓郎。

 9月11日公開の映画『マッチモンド』では、不良グループ「マヨネーズ軍団」を率いる梅津直也役を演じているが、その経歴は異色だ。

 15年間打ち込んだ柔道では全国大会の100キロ超級で優勝。その後、実業団や警察からの誘いを断ってお笑い芸人となり、やがて俳優の世界へ飛び込んだ。

 強面の役柄からは想像できないほど穏やかな笑顔で語られた、知られざる歩みを聞いた。

 神奈川県出身の長田が柔道を始めたのは小学3年生のころ。もともと身体が大きく、わんぱく相撲にも出場し、ある大会ではゲストで訪れた現役力士と子どもたちが手の大きさを比べる催しがあったという。

「みんなが手を合わせて、『お相撲さん、大きい!』と盛り上がっていたんです。僕も楽しみに順番を待っていたんですけど、いざ合わせたら僕の手のほうが大きくて(笑)。
会場が一瞬、気まずい空気になったことをすごく覚えています」

 身体の大きさも武器に順調な柔道生活を送ったが、最初の挫折を味わったのは中学1年生のときだったという。

「小学生のころはあまり負けたことがなかったんです。でも中学へ入ると、僕の半分くらいの体重しかない小柄な同級生に全然勝てなかった。そのとき初めて、世の中には思いどおりにならないことがあるんだと知りました」

 高校時代も神奈川県大会の決勝で何度も敗れ、インターハイ出場には届かなかった。それでも柔道を続け、大学3年生のときに全国大会の100キロ超級を制した。

「やっと親に恩返しができたと思いました。両親は勝っても負けても何かを言うタイプではなかったんですけど、柔道を続けさせてもらったことへの恩返しが、ようやくできたなと感じました。でも、実は全国一を目指した背景に、もう一つ目標があったんです。

 大学3年生の夏ごろだったかな。芸人になりたいという気持ちが芽生えていて。芸人はネタだけでなく、一芸や特技で注目されることもありますよね。だから“柔道日本一”という肩書がどうしても欲しかった。優勝したときは、単純にうれしさもありましたが、『これで肩書として名乗っていいんだ』とホッとした気持ちのほうが大きかったですね」

 実業団や警察からも声がかかっていたが、長田はお笑いの道を選んだ。

「このままだと柔道以外の世界の人に出会えないかもしれない、と思いました。ケガをして柔道ができなくなったら、僕には何が残るんだろうという怖さもあった。柔道以外の自分の価値や可能性を試してみたかったんです」

ピン芸人から俳優に転身したきっかけは

 高校時代から人前で笑いを取ることが好きで、大切な大会の前には先輩たちの緊張をほぐすため、柔道部の“あるあるネタ”を披露していたのもお笑いを目指したきっかけになっていたという。

大人顔負けの体格だった小学生時代 写真提供/長田拓郎

 大学卒業後は念願のお笑いの養成所へ進み、当初はコンビを組んだが、柔道部仕込みの熱血ぶりを発揮しすぎた。

「とにかく練習すればいいと思って、相方を寝かさず、僕も寝ずに朝から晩までネタを作っていました。とにかくやるぞ! と。そうしたら僕の圧が強すぎたらしく、ネタ見せの日に相方が来なかった(笑)」

 それでもネタ見せを諦めたくなかった。とっさにピン芸人のフリをしてホワイトボードに書いた名前が「長田プリン」だった。

「当時、“ン”で終わる芸名は売れるという説があったんです。そこで突然浮かんだのが『プリン』でした。もしかしたら長田マロンになっていたかもしれません(笑)」

 以降は一人で活動したが、芸人時代の約5年間を本人は「空白の時間」と振り返る。アルバイトをして、友人と遊び、ライブに出ても結果をそれほど気にしない。目標のない日々だったという。 

 転機は、芸人時代に参加したドラマのエキストラだった。体格を生かして刑事役などを務めるなか、キャスティング担当者から北海道テレビ(HTB)の開局50周年ドラマ『チャンネルはそのまま!』のオーディションに呼ばれた。

 演技経験はなく、台本の覚え方さえわからなかった。

「前日に呼ばれて、頭がパンパンの状態でオーディションへ行きました。案の定、全然できなかったんですけど、『明日、もう一度来てほしい』と言われたんです」

 結果は合格! ただし、同時に厳しい言葉もかけられた。

「『お芝居が全然できていないので、今日から勉強してください。明日から北海道へ行って』と言われました。撮影までの1週間、朝から晩まで演技を教えていただいたんですが、柔道時代に負けないくらいキツい1週間でした」

 演技未経験の芸人の起用には反対の声もあったが、総監督が長田の可能性を信じてくれたという。今、まさに映画『踊る大捜査線N.E.W.メトロポリスを駆け抜けろ!』で監督を務めている本広克行氏だ。

「『柔道であれだけ頑張ったんだから、絶対になんとかできる。何かを持っている』と言ってくださったそうです。本広監督の決断がなければ、今の僕は絶対にいません。本当に恩人です」

 突然つかんだ大きな役だったが、その後、仕事が順調に続いたわけではない。それでも役名のない仕事やエキストラを続けた。

「演技の世界を何も知らなかったからこそ、変なプライドを持たずに取り組めました」

 と話す。その後、映画『OUT』や『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編』などで存在感を放ってきた長田だが、演技を純粋に「楽しい」と思えたのは意外にも最近だ。

初対面の人に警戒されることも

「役者を始めてからずっと、現場ではまったく余裕がありませんでした。『芝居が楽しい』と言っていいのか、その権利が自分にあるのかと考えてしまって。でも昨年、『喧嘩独学』を撮っていたころから、ようやく心に少し余裕が持てるようになりました」

15年続けた柔道で日本一にも輝いた 写真提供/長田拓郎

 自分が考えたことを監督に相談し、芝居を一緒につくる楽しさも知った。一方、演じるハマケンの凶暴なキャラクターから、初対面の人に警戒されることもある。

「現場で『笑うんですね』と真顔で言われるんです。『会うまでは、ものすごく怖い人だと思っていました』と。でもハマケンのままだったら、どんな仕事にも就けないですよね(笑)。そこまで役を印象づけられたということなので、うれしいです。強い役、怖い役は、日常では出せない感情を解放できることなので。

 韓国の俳優マ・ドンソクさんとか、素敵ですよね。圧倒的に強いけれど、少し抜けていたり、可愛らしかったりするじゃないですか。ただ怖いだけではなく、チャーミングで愛される役もできる。ドウェイン・ジョンソンさんもそう。

 映画『マッチモンド』で演じる梅津も強いのに可愛らしいので、演じていて楽しかったですね。今後は身体の大きな俳優たちを集め、日本版『エクスペンダブルズ』のような作品を作りたいんです」

 さらに掲げるのが、スポーツ漫画『柔道部物語』の実写化だ。

「僕の同級生たちも、実業団や大学で監督、コーチを務める年代になりました。みんな僕が俳優をしていることを知っていて、『(作品を)見ているよ』と言ってくれる。今だからこそ、協力してもらえる可能性があると思っています。『柔道部物語』を映画にできたら、ものすごく達成感がある。5年以内に実現させたいです」

取材・文/生島まき 

おさだ・たくろう 1989年7月6日生まれ、神奈川県出身。学生時代は柔道に打ち込み、2011年、全国体育系学生柔道体重別選手権大会100キロ超級で優勝。ドラマ『チャンネルはそのまま!』、映画『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編』『OUT』などに出演。近年はNetflix『喧嘩独学』、U-NEXT『ドラム―VIVANT THE ORIGIN STORY―』など幅広く活動中。現在、映画『マッチモンド』が公開中