9月30日、被災地を見舞うため熊本県を訪問された天皇、皇后両陛下

 9月30日、天皇、皇后両陛下は7月28日に起きた熊本地震で大きな被害を受けた熊本県の八代市、氷川町、宇城市を訪問された。

「両陛下の胸元には熊本のご当地キャラクター『くまモン』のバッジがつけられていました。空港に到着された際に知事がつけていたバッジをご覧になり、“くまモンさんのバッジですね”とお尋ねに。“もしよかったら”と知事がプレゼントしたところ、喜んで胸元につけられたそうです」(皇室担当記者、以下同)

天皇陛下と雅子さまの笑顔がとても素敵で救われた

 くまモンのピンバッジは、上皇ご夫妻が熊本を訪問された際もつけられていた。

「'16年に大地震が起きた際には、'13年の『全国豊かな海づくり大会』で熊本県を訪問された際に当時の知事から贈られたピンバッジを持参して被災地を回られたのです。今回の両陛下のくまモンのバッジも大きな反響を呼んでいます」

 最初は熊本空港からヘリコプターで球磨川河川緑地へ赴き、黙礼をされた。その後、20人が亡くなり、現在も730人が避難生活を余儀なくされている八代市へ足を運ばれた。「桜十字ホールやつしろ」で避難生活を送る被災者の富田トモ子さんは10年前の地震でも被害を受けたという。

「両陛下にお越しいただいただけでも非常にありがたかったのですが、腰をかがめ、優しいお声で“10年前の地震はどうでしたか”“今度はどうですか”と問いかけていただき、お話しさせていただきました。おふたりの笑顔がとても素敵で救われました」

 富田さんの自宅は10年前の被害から徐々に修復して、6月には畳の交換が終わったばかりだった。そんな中、7月の地震で自宅は住めない状態になり、力が抜けてしまったという。

「病院で圧迫骨折の状態がだいぶよくなったと言われて喜んで帰ったその日のことです。ベッドで横になっているとガーンという音とともにベッドから振り落とされ、何かをつかもうとしたら、ベッドの柵に頭を打ちつけて内出血をしてしまいました。雅子さまは“大変でしたね”“がんばってください”と優しい笑顔で励ましてくださり、悲しみが吹っ飛んだような、ありがたい気持ちになりました」(富田さん)

雅子さまは笑顔で“熱いのと、冷たいのですね”とおっしゃった

 その後、宇城市で被害状況をご視察された両陛下。同市小川町で被災した延福寺の住職・能令顕真さんとも懇談された。

「地震翌日には'16年の震災の際にも一緒に炊き出しを行った方が来て“明日から作ろう!”と声をかけてくれて。7月30日は、電気も水もない中で、ロウソクの明かりで炊き出しを行いました。もともと、子ども食堂も行っていたので、炊き出しを行うのは自然な流れでしたね。昼夜2回の炊き出しを13日間続けました」(能令さん、以下同)

9月30日、被災地を見舞うため熊本県を訪問された天皇、皇后両陛下。胸元に「くまモン」のバッジが

 頻度は減らしたものの、今でも炊き出しを行っているという能令さん。知事からは「炊き出しを行っていた」という紹介だったが、雅子さまは子ども食堂の活動をご存じだったという。

「雅子さまから子ども食堂の話題に触れていただき、“今年で8年になります”“子ども食堂は継続が大切なので続けていきます”とお伝えしました。子ども食堂の活動に関心を持ってくださり、継続していくことを後押しいただいたことは非常に励みになりました」

 炊き出しは、地震で行き場をなくした、子ども食堂用の野菜などを用いて、栄養のあるものを作り続けた。

「雅子さまから“どんなものを作っていましたか”と質問がありました。私は緊張のあまり、うまく思い出せず、“どんぶりものです”とお答えしたんです。温かいあんかけ野菜などを作っていたことをお伝えしたかったのですが……(笑)。多くの方が炎天下に並ばれるので、氷を買ってきてかき氷を振る舞った話もさせていただくと、天皇陛下が微笑まれて、雅子さまは笑顔で“熱いのと、冷たいのですね”とおっしゃっていました」

今回の熊本県も愛子さまがご一緒されるという報道もあった

 場を明るくする温かいお言葉をかけ続けた両陛下。今回の訪問はもともと、'16年の熊本地震から10年の節目として予定されていた。

「今年は東日本大震災から15年の節目でもあります。今年3月から4月にかけての東北ご訪問には愛子さまの同行が予定されていましたが、宮城県と岩手県の訪問は両陛下の風邪の症状により延期されています。今回の熊本県も愛子さまがご一緒されるという報道もありましたが、震災直後ということもあり、両陛下のみでの訪問になりました」(前出・皇室担当記者)

9月25日、千葉市の幕張メッセ国際会議場で開かれた「世界医学検査学会」にご出席された愛子さま

 静岡福祉大学の小田部雄次名誉教授は愛子さまの不在について、こう解説する。

「行程にはヘリコプターでの移動があり、天候などの影響を受けやすい慰問日程だったようです。万が一の事故などの場合、おふたりの場合より、三人の場合では、警備側の対応もかなり大変なものになるのではないでしょうか」

 今回の熊本県も1日延期された中でおふたりは訪問されたのだ。

「被災者にとって、金銭的、物資的援助というものはとても大切ですが、同時に、精神的に支えてくれる方々の存在も将来への希望や展望のために大切なことです。日本の象徴として多くの国民の信頼と敬愛のシンボルとなっている天皇家の方々の心からの励ましは、人間の生へのエネルギーを与えてくれるものではないでしょうか。また、天皇家の方々が慰問されることで、被災地への注目はさらに集まり、金銭的、物資的援助を促すきっかけともなりえます。戦後、天皇家は国民に寄り添い、国民とともに歩むことを基本的なスタンスとしてきました。そうした姿勢を長年貫いてきた天皇家の方々は、自然と『あふるる慈愛』に満ちた言動がとれるのでしょう」(小田部名誉教授)

 午後8時まで熊本県に滞在された両陛下。その“深い慈愛”は被災地に希望の未来を届けてくれるーー。

小田部雄次 静岡福祉大学名誉教授。日本近現代皇室史を専門とし、『皇室と学問 昭和天皇の粘菌学から秋篠宮の鳥学まで』など著書多数