小林旭 撮影/山田智絵

俳優としても、歌手としても、昭和を代表する存在といっても過言ではないのが小林旭。石原裕次郎や美空ひばり、三國連太郎など、もはや伝説の人々の「素顔」を語れる貴重な存在となった。88歳を目前に、コンサート、新曲のリリースと、精力的に活動している彼が今、考えていることとは。大スターの瞳の輝きは、衰えを感じさせない―。

 デビューから70年、昭和の大スターとして圧倒的な存在感を放ち続けてきた、俳優で歌手の小林旭。間もなく88歳という大きな節目を迎えるが、今もなおコンサートを開催し、往年のファンたちに変わらない“アキラ節”を届けている。

 2026年10月8日には、生まれ育った東京・調布市でチャリティーコンサートを開催する予定だ。このコンサートは市内の子どもたちへの支援を目的とし、市内在住・在勤者は特別価格で鑑賞できるという。コンサートを前に、去り行く昭和の仲間たちへの惜別、マイペースな日常生活、共に時代を駆け抜けたスターたちとの思い出、そしてコンサートへの意気込みを語ってもらった。

 87歳の今もがっちりとした恰幅のいい体形は変わらず、大きな不調もなく過ごしているという小林。一方で昭和を彩った人たちの訃報が相次いでいる。

裕次郎やひばりちゃんはすごかった

「最近は遊び仲間だったよしえちゃん(水谷八重子)まで逝っちゃって。勲ちゃん(張本勲)なんて俺より健康だったし、当分は大丈夫そうだったのに、電話がこないなと思ってたらいきなり死んじゃってて。みんないなくなっちゃった」

 小林はそう言って寂しさを募らせる。思えばライバルといわれた石原裕次郎も、最初の結婚相手だった美空ひばりも52歳という若さでこの世を去った。

「裕次郎やひばりちゃんは、そばにいても『スターとしてのオーラ』がキラキラ輝いていて、本当にすごかった。自分を誇りにして威厳を持っていたからね。でもスターというのは、仕事だけでなく普段の生活でも無理をしている人が多い」(小林、以下同)

小林旭の愛称は「マイトガイ」。「ダイナマイトのような男前」という意味だ

 常にトップに立ち続けるためには、神経を激しく使わなければならない。仕事が終わっても、夜な夜な大騒ぎして酒を飲むのがスターだというイメージもある。

「俺はそんなスター像や無理な生き方を反面教師にして、なるべく普通の人間に近い生き方をしようという意識を持ち続けてきた。だから、この年まで生きてこられたのかもしれない」

 勝新太郎、三船敏郎、山城新伍、三國連太郎、菅原文太、梅宮辰夫、渡哲也。日活や東映で一緒に仕事をした仲間たちはこの世に誰も残っていない。

「寿命なんだろうけど、みんな早いよ。(浅丘)ルリ子に『おまえは大丈夫か』って電話したら、『私は元気』って言うから安心したけどね」

今の若いタレントたちは挨拶もしない

 最近は歌番組の収録に行っても知らない人が多く、挨拶をされることもない。

「昔は電車の中でも三國(連太郎)さんがいたら、直立不動で『小林です!』って挨拶をしたもんだよ。ちょっとでも先輩が来たら道を譲るのが当たり前だった。けれど今の若いタレントたちは挨拶の仕方も知らないし、すれ違っても顔すら見ずに通り過ぎていく。時代が変わったといえばそれまでだけど、礼儀作法まで変わってしまったね」

 映画やドラマを見れば、形だけの演技で済ます役者が多いことに残念な気持ちになるという。

「役者は切実さを持って演じ、本気でぶつかり合うからこそ、そこにすごみが生まれて、見る側にもロマンが伝わるんだよ。渡哲也と共演したとき、『アキラさん、今俺のこと本気で殺そうと思ってたでしょ』って言ってきて、俺は『そう思わなきゃ役にならないだろう』と返した。昭和の映画は、役者の覚悟を感じるシーンが多くて面白かったけどね」

第43回NHK紅白歌合戦に出場した小林旭(1992年)

 スマホの普及も作品の品質に影響しているのを実感している。

「写真を撮るとき、昔はフィルムの時代だったから、写真家も役者も『いい写真を撮ろう』『いい顔をつくろう』と一枚一枚に魂を込めていた。今は誰もがスマホを向けて、カチャカチャ撮って、それがネットで流れる時代。ロマンや夢を持って作品作りを楽しむのは難しいでしょ」

 最近は出たいテレビ番組がなく、オファーを断ることも多いが、『徹子の部屋』(テレビ朝日系)だけは別だ。

「黒柳さんは大変頭が良く、年齢的にも先輩で尊敬しています。黒柳さんから『今までのことを全部本にするんでしょ?』と聞かれたけれど、俺にはもうそんなエネルギーはない。でも黒柳さんは「(自叙伝が)もう半分以上書き上がっています』とおっしゃっていて、やっぱりすごい人だなと思いましたよ」

今の紅白はお祭り騒ぎのにぎやかし

 これまで7回出場した『NHK紅白歌合戦』にも、もう出たいとは思わないという。

「昔の『紅白』は、長年の歴史やヒットの実績をきちんと認められた歌手が出場する、誇り高く名誉ある場所でした。今は少し話題になった歌手を数合わせのように扱い、歌い手の歴史や個性を大切に育てる構えが失われてしまっている。単なるお祭り騒ぎのにぎやかしや、その他大勢と並んで手を振るような番組作りであれば出るつもりはないね。大トリをやらせてくれるなら考えるけど(笑)」

 小林は1956年に俳優デビュー。『ギターを持った渡り鳥』『銀座旋風児』シリーズなどに主演して日活のスターとなった。そんな小林についた愛称は“マイトガイ”。「ダイナマイトのような、爆発するほど強烈な男」という意味だ。

 歌手としては1958年に『女を忘れろ』でデビューし、『ダイナマイトが百五十屯』『銀座旋風児』などが大ヒット。その後、事業が失敗し、10億円以上の借金を背負うが、1975年に発売した『昔の名前で出ています』が大ヒットし、借金を返済できたという波瀾万丈な人生だ。

 小林に憧れていたというシンガー・ソングライターの大瀧詠一が作曲した『熱き心に』はミリオンセラーを記録し、代表曲のひとつになっている。

1967年、俳優の青山京子と結婚した小林旭

 私生活では、浅丘ルリ子との同棲、美空ひばりとの結婚・離婚を経て、俳優の青山京子と結婚。青山は結婚後、芸能界を引退して小林を支え、2020年に亡くなった。

「がんが転移してつらい闘病生活だったけれど、最期は『幸せな人生だった』と言って旅立った。そう言ってもらえただけよかったと思う」

食事はウーバーイーツを大いに活用

 妻亡きあと、食事はウーバーイーツを大いに活用しているという小林。最近は1日2食が基本で、昼12時ごろと夜9時ごろにとることが多い。

「ウーバーイーツのオーダーはパソコンで。画面でメニューがたくさん出てくるでしょ。肉、和食、洋食、イタリアンと、探すのが楽しくてね。1人前ずつ頼んだつもりが、同じものを重複して頼んじゃってて、テーブルの上がいっぱいになったことも。請求額も数万円になっていたからびっくりした(笑)」

 昭和のスターらしいエピソードだ。また、ファンから牛肉やホルモン、フグなどが送られてきて、冷蔵庫にはいつも豪華な食材が入っている。

「頂いたら必ずお礼を伝え、新曲のCDをお送りしたりしています。盆暮れの挨拶などファンの方はもはや親戚のよう。長年、交流が続いているのは本当にありがたいです」

 80代でステージに立ち続けるためには、健康管理も大切だ。

「声はボイストレーニングもしてないし、調子が悪いと感じたときにうがいをする程度。もともと丈夫なんだろうけど、サプリメントは40種類くらい飲んでいる。CMを見て『いいな』と思ったらすぐに買って、効かないと思ったらやめて。年間何十万円も使っている(笑)」

 睡眠時間は決まっておらず、眠くなったらうたた寝をするような生活だという。

「YouTubeで大食い動画を見るのにハマって、夜中の3~4時まで見てから寝ることも。時間に縛られないマイペースな生活が自分には合っている」

小林旭が自らの心をしたためた書

 仕事では、米寿にちなみ、今年3月の大阪のコンサートから「八十八カ所イベント」を開催。来年、89歳の誕生日まで行われる。スタッフがAIを活用して、若いころの小林旭と現在の小林旭が対談する映像を制作し、上映も行われる予定だ。9月23日には、福岡市民ホールで「令和8年熊本地震」復興支援も兼ねたコンサートを開催した。

 ステージに立つ前には、今でも自然と全身に力が入り、情熱が湧き上がってくるという。

「引退はせず、やれる間はやるよ。歌を楽しんでくれて、マイクの向こうで一生懸命聴いて自分の世界に取り入れようとしてくれる人たちのために、いい歌を届けていきたいからね」

11月に8年ぶりのシングルリリース

 今年は新曲のレコーディングにも臨み、11月には日本クラウンより『おとこの慕情』と『今さらながらのマイトガイ』の両A面で、8年ぶりにシングルをリリース。

 日本クラウンからの発売は155枚目になるものの、そのほかのレーベルを合わせると500曲を超えているという。

「『ギターを持った渡り鳥』や『銀座旋風児』もそうだけど、歌を歌っていると当時の時代や風景がふと思い浮かぶんだよ。コンサートに来て涙を流してくれるお客さんがいるなら、それは本当にありがたいことだし、その思いに応えて幸せな気持ちになって帰ってもらいたい。

 昭和、平成を生きてきた仲間の多くが逝ってしまった今、俺がステージに立ってしゃべり、歌い続けることに意味があると思っているんだ」

 今も元気に歌う小林の姿に勇気をもらえるファンは多い。

 “永久不滅のマイトガイ”はこれからもステージに立ち続ける─。

こばやし・あきら 1938年11月3日、東京都出身。'55年、第3期日活ニューフェイスに合格し、翌'56年、映画『飢える魂』で俳優デビュー。『ギターを持った渡り鳥』『銀座旋風児』などに主演して日活のスターに。歌手としては、'58年に『女を忘れろ』でデビュー。『ダイナマイトが百五十屯』や『昔の名前で出ています』『自動車ショー歌』『熱き心に』などの大ヒット曲を放つ。2026年11月、日本クラウンより『おとこの慕情』『今さらながらのマイトガイ』の両A面で新曲をリリース。
AKIRAEIGHTY-EIGHT『小林旭コンサート 永久不滅のマイトガイ』10月8日(木)18:30開演(17:45開場)会場:東京都・調布市グリーンホール 大ホール 問い合わせ先:株式会社エム・ケイ・ツー 電話:03-5637-7500(平日11:00~16:00)

AKIRA EIGHTY-EIGHT 『小林旭コンサート 永久不滅のマイトガイ』10月8日(木)18:30 開演(17:45 開場)会場:東京都・調布市グリーンホール 大ホール 問い合わせ先:株式会社エム・ケイ・ツー 電話:03-5637-7500(平日11:00~16:00)

取材・文/紀和 静 撮影/山田智絵