8年前、25歳で乳がんに罹患。そして今年、激しい腹痛をきっかけに子宮内膜症が見つかり手術を経験した矢方美紀さん。乳がん治療では再発の可能性を考えて「乳房全摘」を選んだ。術後の抗がん剤の副作用やホルモン治療による更年期症状の苦悩など、病に立ち向かってきた経過と現在の思いを、率直に語ってもらった。
ステージ3Aの乳がんが判明
今から8年前、人気アイドルグループSKE48を卒業し、念願だった声優の仕事を中心に、個人の仕事に打ち込み始めていた矢方美紀さん。乳がんに気づいたのは、セルフチェックだったという。小林麻央さんの乳がんについての報道がきっかけだった。
「入浴中にブレストチェックをしたら、左胸上部にしこりがあったんです。友人が『検査を受けたほうがいい』と強く言ってくれて。その声に背中を押されて、乳腺外科を受診しました」
と、当時のことを矢方さんは振り返る。
病院ではマンモグラフィー、エコー検査、細胞診に加え、別日にしこりの状態をより正確に知るため、組織を太い針で採る組織検査を受けた。1週間後、ひとりで結果を聞きに行くと、ステージ1の乳がんだった。
「まさか自分が20代で乳がんになるなんて。結果を受け入れることがつらくてたくさん泣きました」
意気消沈する中、さらなる試練が立ちはだかる。より専門的な医療が受けられる病院を紹介してもらい、改めて検査をしたところ、リンパ節への転移がわかったのだ。
ステージは2B。主治医からは、乳房の全摘手術をするほうが、再発のリスクが下げられると告げられた。
「とてもショックでした。周りにがんを経験した知り合いもいなかったので、相談もできなくて。ネットで情報をたくさん検索してみたり……。不安な日々でした」
乳房を全摘することについても、20代で外見が大きく変化することに戸惑いがあり、すぐに決断できなかったという。
「悩みましたが、主治医の先生に再発のリスクや治療方針について、丁寧にご説明いただき、たくさん考えて、全摘することを選びました。また、乳房についても、再建せずにそのままの姿でいるほうが、自分らしく生きられる“これが自分だ”と思える気がして、再建しないことにしました。
仕事が続けられるかどうかも不安だったのですが、先生から『今は、治療をしながらお仕事をされる方もたくさんいらっしゃいますよ』とお話しいただけて、その言葉が励みになり希望が持てました」
ところが術後の病理検査で、矢方さんの乳がんがステージ3Aだったことがわかった。治療方針も術後1年目に抗がん剤治療と放射線治療を、術後10年にわたりホルモン療法を行うことが決まった。
ステージの深刻さが増すたびに、矢方さんの気持ちも大きくゆさぶられた。そんなとき支えとなったのが家族の存在だ。
「母もつらかったと思うのですが、気丈にも乳がんについて、さまざまな情報を集めてくれて、本当に『頼りになる!』って思いました。そして、大分に帰省すると、祖父母が私の回復を願い、収穫したお米や野菜を惜しみなくふるまってくれて……。家族がいつもどおり温かく接してくれたことが、とてもうれしかった」
しかし、抗がん剤治療を開始してから、髪の毛がすべて抜け落ちてしまい、頭では理解していたものの気持ちが沈んだという。
「髪がなくなると頭皮が炎症を起こすようになり、それがつらくて。タオルや枕で頭皮がこすれるとヒリヒリ痛むんです。医療用ウィッグのよさを実感したのもこのころ。自分の頭のサイズに合うのはもちろん、通気性がよくて肌触りがよいので、ずいぶんと助けられました」
矢方さんは、治療のため、術前からラジオ番組を1か月ほど休んでいたが、術後9日目に復帰を果たしている。
「SKEを卒業して、初めて決まったお仕事だったので、早くあの場所に帰りたくて。戻れる場所を残していただけたこと、そして、番組のみなさんに『おかえり』と声をかけていただいたときのうれしさは、忘れられません」
ホルモン療法は、がん細胞の成長を促す女性ホルモンを抑える治療だ。そのため、矢方さんは、25歳という若さで「更年期症状」に悩まされることになった。
「イライラや不安感が強くなったり、ホットフラッシュが現れたりしました。特に困ったのは、頭皮の汗が止まらなくなったこと。『髪の毛を洗ったの?』というくらい、滝のような汗が止まらなくて」
以前よりも視野を広げて考えられるように
乳がん治療は、乳房だけでなく、月経など女性にとって大切な機能にも影響を及ぼす場合がある。そうしたことはあまり知られていないからこそ、「私の経験を通じて、少しでも知ってもらえたらうれしい」と矢方さんは話す。
現在も、乳がんの治療中である矢方さんだが、今年8月、子宮の内膜組織が卵巣に入り込む「卵巣子宮内膜症性嚢胞(チョコレート嚢胞)」の手術を受けたことを発表した。
「名古屋で舞台の稽古をしていたとき、右下腹部に激痛が走って……。その日の稽古はなんとか終えましたが、帰りに痛みで歩けなくなり、タクシーで帰宅。激痛こそ治まったものの、鈍い痛みがその後数週間続いたんです」
最初は便秘か盲腸を疑って近くの内科に行ったが、婦人科の受診をすすめられたという。婦人科での検査の結果、卵巣に約10cmの腫瘍があることがわかり、その大きさから、手術で切除することになった。
手術までの間に、舞台稽古と公演をやり遂げ、公演が終わった翌日に入院。無事に腫瘍を切除できた。
「幸いなことに腫瘍は悪性ではなく、腸への癒着もありませんでした。術前の激しい痛みは、腫瘍が大きく、ほかの臓器を圧迫し、卵管がねじれたことによって生じていたので、今はもう痛みもありません。再発を防ぐ薬を服用しながら、元気に過ごしています」
あと1年半のホルモン治療を残す矢方さん。罹患後はウィッグの髪、片方の胸がないこと……自分が周囲からどう見られているのかとても気になったときもあった。
「そうした時間を経て感じたのは、『大変なのは私だけではない』ということ。明るく笑顔で接してくださる方も、もしかしたら、つらいことを乗り越えながら生きているのかもしれない……。次第に、そう考えられるようになったんです。
病気をしてから、さりげなく手助けをしてくださったり、見守ってくださったりする方が、たくさんいることにも気づきました。以前よりも、視野を広げて考えられるようになったと感じます」
そして、病気のために思うように仕事ができない時期があったからこそ、表現することが大好きなのだと、改めて気づくことができたと語る。
「これからも、声やお芝居での表現とともに、私の使命として病気の経験も伝え続けていけたらと思っています。同じ病気で気持ちが沈んでいる方に、私の声やお芝居を通じて、『矢方さんみたいな生き方もあるんだ』『この人の吹っ切れ方、いいな』と思っていただけたらうれしいです」
取材・文/満留礼子(羊カンパニー)
やかた・みき 声優、タレント。accordo所属。1992年生まれ、大分県出身。アイドルグループSKE48のメンバーとして7年半活動し、チームSのリーダーを務めた後、2017年に卒業。現在は、声優としてナレーションやアニメ作品に出演するほか、舞台やラジオ、自身の経験を伝える講演などで幅広く活躍。著書『きっと大丈夫。~私の乳がんダイアリー』(双葉社)。出演などの情報はこちら https://accordo-cast.com/talent/m-yakata/

