作家・阿部暁子(撮影/佐藤靖彦)

 今も昔も作品が映像化されるのは人気作家の証しといえるだろう。阿部暁子の小説『どこよりも遠い場所にいる君へ』が情感あふれるアニメーション表現で劇場映画に。ふだんは地元・岩手県に住んでいるが、完成披露に立ち会うため上京した彼女に話を聞いた。

阿部暁子が感銘を受けた俳優たちの声

作家・阿部暁子(撮影/佐藤靖彦)

「見るのは2度目だったんですが、すごく丁寧に大切に作っていただいたと感じました。自分が書いた小説が元になっていることがだんだん頭から消えて、その道のプロが結集して作った素晴らしい作品だなと。

 あと今日は終わったときに拍手が起きたんです。あれを聞けたのが本当にうれしかったです」

 豊かな自然にあふれた離島を舞台に、ある秘密を抱える男子高校生・和希と「神隠しの入り江」に倒れていた謎の少女・七緒との出会いから始まる物語。お気に入りの場面を尋ねると、

「主人公・和希の過去が明かされるところです。小説は何か事態を動かすために、いちいち(文章で)描写をしなきゃいけないんですよね、絶対に。でも完成した映画では一切のセリフなしで、ピアノの音楽だけに乗せて描かれて、ぐっと胸に迫ってくるものがありました。これはもう映像の力、音楽の力だなぁって」

 俳優たちの声の演技にも感銘を受けたという。

「みなさん大切にそれぞれの人物を演じてくださっているのが伝わってきました。特に和希(声=石橋陽彩)の感情の繊細な揺れ。(しみじみと)すごいな〜って見とれていました。(高校生たちを見守る)高津(=玉木宏)は低音のイケボになって、すごくかわいいって思ったり(笑)」

 ヒロイン・七緒を演じた永瀬アンナは完成披露の舞台で、小説『どこ君』の熱烈な読者だったことを明かしていたが、

「すごくうれしいですね。原作が出版されたのは9年前ですが、中学生のときに読んでいた方が大人になって声優になっている。しかも“好きな作品が映画になってうれしい”と言ってくださって、本当に幸福なことだと思いました」

「愛される作品」の秘密が知りたくて

作家・阿部暁子(撮影/佐藤靖彦)

 阿部暁子は2008年に集英社が主催する「第17回ロマン大賞」を受賞しデビュー。小説を書き始めたきっかけは、地元・岩手の歴史にふれたことだった。

「高校受験で日本史の勉強をしていたら、源義経が平泉に奥州藤原氏を頼って逃げてきて、そこに源頼朝が弟を追って攻めてきてというのを読んで“え、うちの地元でそんな面白いことが!”って(笑)。それから高橋克彦さんの『炎立つ』などを読むうちに、むくむくと情熱の種みたいなものが生まれて、自分でも書くようになりました」

 高校1年から文芸コンクールなどへ投稿を重ね、大学を卒業した年に最初の単行本が出版される。しかし3作目まではほとんど売れず「いきなり壁にぶつかりました。ずいぶんと長いこともがいていました」と振り返る。

 苦悩していた時期に『ストロボ・エッジ』『アオハライド』など、人気漫画のノベライズも手がけている。

「オリジナルの小説が本当に書けなくなっていたんです。そんな自分を心配して担当さんが声をかけてくださって、なんとか書くことから離れずにいられたし、すごく勉強になりました。

 愛される作品っていうのは、どんなところに魅力があるのか。さらに読む人を楽しませるために作者はどういう努力を重ねているのか。分析し考察しながら書いていたので、まさしく鍛錬という感じでした」

 韓国ドラマを見まくった時期もあったという。

「(執筆していた)コバルト文庫は恋愛が重要な要素なのですが、恋愛を書くのがまったく下手だったので、みんながときめく秘密を知りたくて、韓国ドラマやハーレクイン・シリーズを一生懸命(笑)。特に『善徳女王』という歴史大作にはハマりましたね。執筆の参考というよりも、ただただドラマに惚れ抜いて(笑)。

 そのうちに気がついたら恋愛に対する苦手意識もなくなっていて。人を愛するってすごく素敵なことだよなっていう柔らかい気持ちに変化していました」

上昇気流に乗って一気に「本屋大賞」を

 やがて転機が訪れる。2015年に発表した『鎌倉香房メモリーズ』だ。

「ある意味、肩の力を抜いて書けたところがあったかもしれません。“これで最後になってもいいから好きなように書こう”と。そうしたら読んだ方がよかったって言ってくださって、それなりに数字(部数)も出て、シリーズ化しましょうって言われて“え、何も考えてない!”って(笑)」

 続編を含め全5巻のシリーズとなり、さらには車いすテニスを描いた『パラ・スター』が「本の雑誌が選ぶ2020年度文庫ベストテン」の第1位に輝くなど快進撃が続く。

 そんな中で第22回本屋大賞を受賞したのが『カフネ』だ。弟の急死、夫との離婚などで失意のうちにいた41歳の薫子が、弟の元恋人である料理人・せつなと出会い、家事代行サービス会社「カフネ」の活動を通じて心を通わせ、共に再生していく物語。発想の原点になったのは?

「亡くなった男性を取り巻く2人の女性が主人公になるということだけは決めていました。最初は2人が古いワゴン車に乗って、全国津々浦々、依頼者のもとを回って歩くロードムービー的な話を考えていたんですが、コロナ禍が始まって人に会いに行くっていうことができなくなったんですよね。

 自分たちの生活って本当にもろいんだなっていうのを感じて……。生活に行き詰まっている人たちに、何かをする話っていうふうに変化して、料理や家事代行の話になりました」

 そうして生み出された作品が多くの人々の共感を呼び、これまでで最高の栄誉を得た。

「やっぱり賞をいただいてから声をかけていただく機会も増えたし、状況は変わっていると感じます。ただ自分自身がまったく変わっていない。ポテンシャルも変わらないし、できることも今までと同じなので」

『カフネ』登場人物の気になるその後は?

 私生活では2歳児の子育てに追われる母でもある。書く時間はどうやってキープしているのだろうか。

「いや〜、キープはできていないです(笑)。子どもが風邪をひいちゃったら書けないですし、すきま時間を見てなんとかやっている感じです」

 やはり家族が第一優先?

「そうですね。優先しないという選択肢はないので。もう自分は投げ出すことのできないものを持っているんだなって、しみじみ思います。自分ひとりのことだけをやっていたらよかったときって、すごい自由だったんだなって。

 ただ不思議なことに、自由だったらいっぱい書いていたのかって言われるとそうでもない(笑)。今のほうがすきま時間に必死に書こうとしていますね」

 執筆はなかなかゴールが見えない孤独な作業? そう水を向けると、意外な答えが返ってきた。

「孤独ではないです。たぶん自分の中に何人も書きたいキャラクターがいるから。それは自分の分身でもありますが、自分のエゴが入りすぎてもいけない不可思議な存在。自分の中から出てきたものから一生懸命自分の匂いを消そうとする作業が書くっていうことで、たぶんその作業が好きなんだと思います。

 いつも“いつ終わるんだろう”って思いながら書いているんですが、やっぱり地道に1行1行書いていると、いつかは終わりがくるんですよね。その終わりを書いたときが無上の喜びみたいなところがあります。そこから鬼の編集さんの直しが入ったりするんですけど(笑)」

 不断の努力を重ねて「0」から「1」を生み出しつつ、編集者との共同作業も大切にしているようだ。

「やっぱり自分の考えしかそこにないっていうのはすごく怖いことなので。第三者の人がフェアな意見をくれるっていうのはありがたいです」

 今待たれているのは、やはり『カフネ』の続編だろう。不器用だが魅力あふれる登場人物たちの新たな物語を読みたい。

「鋭意執筆中です(笑)。頑張ります」

映画『どこよりも遠い場所にいる君へ』(C)︎阿部暁子/集英社・『どこよりも遠い場所にいる君へ』製作委員会

映画『どこよりも遠い場所にいる君へ』
10月9日(金)公開 配給:松竹
監督/和田純一 脚本/桑村さや香 
キャラクターデザイン・総作画監督/へちま(C)︎阿部暁子/集英社・『どこよりも遠い場所にいる君へ』製作委員会

<取材・文/川合文哉>