賢い患者になるために知っておきたい「無価値医療」(写真はイメージです)

 医師にすすめられるままに検査を受け、処方された薬を飲む。多くの人が信じて疑わない医療行為が、必ずしも健康のためになるとは限らないとしたら……。不要な治療や検査、薬によってかえって不利益をもたらす「無価値医療(不要な医療)」の実態とは。

無意味な医療行為が日本には多い?

 風邪で内科を受診し、抗生物質を処方される。腰痛の受診で訪れた整形外科で、エックス線やCT撮影をすすめられる─。

 ごくありふれたこれらの医療行為が、実は症状の改善にまったく役立たないものかもしれないと疑ったことはあるだろうか。患者にほとんど、またはまったく健康改善効果をもたらさない過剰な医療行為は「無価値医療」と呼ばれており、特に日本に多いとされ、社会問題になりつつある。

「無価値医療とは、患者さんの病状改善や健康管理にほとんど寄与せず、むしろ不利益を与える可能性がある医療行為のこと。風邪への抗生物質投与や腰痛の画像検査はその典型例です。ただし、これらも一概に無価値とは言いきれないところに難しさがあります」

 と話すのは、総合診療医の谷口恭先生。

 風邪の9割以上はウイルス性であり、抗生物質の効果は期待できない。ただし、細菌感染が原因で強い炎症を起こしている場合などは有効なケースもある。また腰痛に対する画像検査も、ほとんどの患者の場合は原因をはっきりさせるのは難しい。

 しかし、特定の疾患が疑われる場合や、神経症状を伴う一部の場面では診断の決定に役立つことがある。その薬や検査が本当にその患者に必要かを適切に見極められない、あるいは見極めようとしない医師が増えていることが、「無価値医療」が蔓延しつつある大きな原因だ。

 また、日本特有の医療供給体制も要因のひとつだと谷口先生は指摘する。

「国民皆保険のおかげで、日本ではCTやPET検査などの高度な医療も安価で受けられます。その証拠に、日本は人口当たりのCT設置台数が世界一で、突出しています。しかしそれをいいことに、経営が行き詰まった一部の医療機関が、不要な検査を重ねて利益を得ようとするケースも見受けられます」(谷口先生、以下同)

 医師と患者、それぞれの心理的要因も深く影響している。

「医師には『万が一見落としがあって訴えられたら困る』という不安があります。そのため、過剰とわかっていても念には念を入れて検査を追加してしまう。一方、患者にも『隅から隅まで調べないと不安』『薬を出してくれない医師は不親切』といった思い込みがあります。その結果、必要のない医療行為が生まれるのです」

 全国で不要な医療行為が続けば、医療費、つまりは税金の莫大な無駄遣いにつながる。しかし最大の弊害は、患者自身が受ける身体的なリスクだ。

「頭痛の多くを占める片頭痛では、CTを撮影しても異常がなく、無用な被ばくを重ねるだけという結果となってしまいます。また安易な抗菌薬の服用は体内の有用な菌まで殺してしまい、薬が効かない『薬剤耐性菌』を生み出す原因に。

 強い鎮痛薬の常用による胃腸障害や腎機能の低下、睡眠薬や安定剤への依存など、不必要な薬の副作用で新たな健康問題を抱え込むケースは後を絶ちません」

すべてを医師任せにせず患者も意識改革を

 検査や薬が少なければ少ないほどいい、という話ではない。谷口先生も、「100%無価値」と言い切ることは極めて難しいと改めて強調する。重要なのは、その医療行為が患者にとって最適かどうかを判断することだ。

谷口恭先生/T.I.C谷口医院(大阪市北区)院長。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。タイのエイズホスピスでの医療ボランティアなどを経て、'07年クリニック開設。健康問題を抱える全国の人々から、これまで延べ30万件のメール相談を受ける。

「大病を心配して、とことん調べてほしいと望む患者さんには検査を受けさせるほうが医師もラクです。しかし簡単にそれを選ばずに、患者と根気よく信頼関係を築いて納得してもらうことが医師の矜持、プライドだと私は考えています。

 その一方で、患者の強い希望で必要のない検査をして、偶然別の病気が見つかる可能性も0ではない。だからこそ、どこまで検査をすべきか、その判断は難しいのです」

 患者側も、薬や検査にはそれぞれ利点とリスクがあるという最低限の知識を持っておきたい。そのうえで医師と相談しつつ両者を比較し、自分にとって必要な医療を選ぶ意識を持つべきだろう。

 では、できるだけ無価値医療を避け、本当に自分に必要な医療を選別するには具体的にどう行動すればよいのだろう。谷口先生は、世界的に知られる「医師に尋ねたい5項目」を例に挙げる。

「医師からの提案を一方的に受け入れるのではなく、疑問を投げかけて対話しましょう。『抗生物質を出しましょう』と言われたら、『私の風邪は細菌性ですか?』と聞けばいい。『念のためCTを撮りましょう』と言われたら、『今すぐ撮らないと危険ですか?』『被ばくのない検査はありませんか?』と尋ねるのです。

 信頼できる医師なら、必要な理由やリスクを丁寧に説明してくれるはず。医療は“お任せ”ではなく、医師と対話し、納得した上で選択していくものです」

 また、日頃から自分の身体の傾向や既往歴を把握してくれる「良きかかりつけ医」を持つことは、自分を守る最大の防波堤になる。

「患者から求められた検査や処方を『必要ありませんよ』と断るには、実は医師にとっても勇気がいることです。だからこそ、しっかりと説明した上で、無駄な医療を省いてくれる医師は十分、信頼に値します。

 良きかかりつけ医を見つけるのは運と縁で、就職や結婚と同じぐらい難しい。まずは、検査や薬がやたらと多すぎる医師は怪しんだほうがいいですね」

 知り合いや近所の人に医院の評判を聞いてみるのはもちろん、不安がある場合は事前にクリニックにメールで相談するなどし、その対応を見るのもひとつの手だという。

 疑問や不安に耳を傾け、対話してくれる医師をパートナーに選びつつも、すべてを任せきりにせず、自分で考えて医療を選択する。それが、無価値医療を遠ざけるための第一歩だ。

「不要な医療(無価値医療)」の例

●過剰なアレルギー検査

ほとんどのじんましんや、食直後のアレルギー症状に血液検査は不必要。原因特定につながらないケースが多い。

●風邪に抗生物質を処方

風邪の9割以上はウイルス性が原因のため抗生物質は無効。安易な服用は副作用や薬剤耐性菌を生み出すリスクを高める。

●腫瘍マーカー検査

検診や人間ドックで行われる腫瘍マーカーは精度に課題があり、かえって不要な精密検査や強い不安を招く原因に。

●片頭痛でのCT・MRI検査

医療機関を受診する頭痛で最多の片頭痛は、画像検査で異常が写らない。麻痺や強い嘔吐などの危険な症状がない限り、撮影は原則不要。

●単なる腰痛へのエックス線・MRI検査

発熱や麻痺、下肢の強い痛みを伴わない一般的な腰痛の場合、画像検査は不要。6週間は何もせず経過観察を。

受ける・受けないを決める前に「医師に尋ねたい5項目」

 医療者と患者が対話を通じ、真に必要で、かつ副作用の少ない“賢明な選択”を目指す国際的なキャンペーン活動「choosing wisely」。検査や治療を受ける前、医師に尋ねたい具体的な5つの質問内容が示されており、アメリカ、スイス、オーストラリアなど世界各国で共有されている。

(1)その検査や治療は本当に必要なのでしょうか?
(2)その検査や治療にはどのようなリスクがありますか?
(3)もっとシンプルで安全なものはないのですか?
(4)もしもそれを行わなかったとすれば、どんなことが起こりますか?
(5)それはどれくらいの費用がかかりますか?

谷口恭先生
T.I.C谷口医院(大阪市北区)院長。大阪市立大学医学部附属病院総合診療センター非常勤講師。日本プライマリ・ケア連合学会指導医。タイのエイズホスピスでの医療ボランティアなどを経て、'07年クリニック開設。健康問題を抱える全国の人々から、これまで延べ30万件のメール相談を受ける。

取材・文/池田純子