9月28日から始まったNHK連続テレビ小説『ブラッサム』で、主人公を務めているのが石橋静河だ。
「朝ドラといえば、若手俳優がヒロインに抜擢される傾向がありますが、石橋さんはすでに映画やドラマ、舞台で実績を重ねてきた演技派。32歳という年齢も、近年の朝ドラ主演としては比較的高めです」(スポーツ紙記者、以下同)
「私は芝居はやらない」と公言していた幼少期
石橋が演じる女性・葉野珠のモデルとなったのは、作家の宇野千代。明治時代に山口県に生まれ、後にドラマや映画化された『おはん』などの小説を次々と発表。さらに自らファッション誌を創刊するなど、作家の枠にとどまらない活動を続けた。
「宇野さんは、私生活も波瀾万丈。当時は女性に良妻賢母であることが求められた時代でしたが、宇野さんは幾度もの恋愛や結婚、離婚を経験。それでも世間の価値観に縛られることなく、自らが望む道を選び続けた女性として知られています」
演じる石橋には、重なる部分もありそうだ。
「父の石橋凌さんはロックバンドのボーカルを務める一方、俳優としても活躍。母は、黒澤明監督の『乱』など数々の名作に出演してきた実力派女優の原田美枝子さんです」(テレビ誌ライター)
都内・吉祥寺周辺で育ち、自身も“私の世界のすべて”と語るほど、幼いころは地元を離れることがほとんどなかったという。
「ご両親が有名人ですから、子どものころから目立っていました。家族仲よく買い物へ行くこともあれば、1人でお使いしていたり。愛想のいい、かわいらしい子でしたね。お店の前を通ると店員さんに挨拶をしたり、しっかりした子でしたよ」(近所の住人)
穏やかな環境で幼少期を過ごした石橋だが、その胸の内には、早くから強い思いを抱えていたようだ。
「芸能人の両親を持つことで周りの人たちから特別な目で見られることに反発し、聞かれてもいないのに、“私は芝居はやらない”と公言するほどだったと本人も振り返っています」(舞台関係者)
芝居の世界を避けるように、のめり込んだのがダンスだった。
「4歳からクラシックバレエを始め、プロのバレリーナを志して15歳でアメリカのボストンへ留学。その後はカナダの学校へ移るなどして、海外で4年間にわたって本格的にダンスを学びました」(前出・テレビ誌ライター、以下同)
新人離れした活躍
帰国後はコンテンポラリーダンスへと軸足を移す。より自由な身体表現に触れるうちに、幼いころから遠ざけてきた“演じること”にも興味が芽生えていった。
「周囲のすすめもあって、演技に挑戦。'15年には舞台『銀河鉄道の夜 2015』で俳優デビュー。'17年公開の『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』で映画初主演を果たしました。池松壮亮さんとともに東京で孤独を抱えながら生きる若者を演じ、高い演技力が評価されてブルーリボン賞新人賞を受賞しました」
芝居を始めてわずか2年ほどで頭角を現す。'19年には、大森南朋や長澤まさみ、江口のりこといった第一線で活躍する俳優陣が顔をそろえた舞台『神の子』に出演した。
同舞台の関係者は、当時をこう振り返る。
「石橋さんはオンとオフをしっかり切り替えながら、稽古や公演には高い集中力で臨んでいました。キャリアが豊かな共演者たちの中でも気後れすることなく、対等に渡り合える力がありました」
共演者たちからも、ひとりの俳優として高く評価されていたという。
「役者同士で話したり食事をしたりする場でも、石橋さんについて“いい俳優だ”という声があがっていました。ご両親が有名俳優だからということを感じさせるのではなく、すでにプロの表現者として芝居に向き合っていました」(同・舞台関係者)
新人離れした石橋だが、意外にもおちゃめな一面も。'19年の舞台『ビビを見た!』で共演した中島妙子さんは、このように語る。
「みんなからは“しーちゃん”と呼ばれていました。芝居に向き合う姿は真剣そのもの。稽古中は試行錯誤しながら演技プランを練って、アザをつくりながらいろいろな動きを試していました。休憩時間には稽古で起きた面白い出来事を身体いっぱい使って再現しては稽古場で笑いを起こしていましたね」
太陽のイメージと影のような雰囲気
芝居にストイックに向き合いながら、周囲を和ませるムードメーカーでもあったという。
「稽古後の食事や打ち上げでもよく食べるし、カラオケでマニアックな曲を歌うんですが、それがまた上手なんです。自分らしさを出しながらも、みんなとすぐ打ち解けて信頼される魅力的な方です」(中島さん)
俳優で、自身も劇団「ベッド&メイキングス」を主宰する富岡晃一郎さんも、石橋の独特な佇まいに惹かれたひとり。
「初めてお会いしたのは、とある演劇ワークショップでした。有名な俳優さんが大勢いる中、石橋さんはスタジオの片隅でひとりヨガマットを敷き、黙々とストレッチをしていました。孤高で美しく、そのときすでに芯の強さのようなものを感じて“いつか共演したい!”と思いましたね」
その後、'19年に富岡さんの劇団の公演『こそぎ落としの明け暮れ』で共演することに。そこでも石橋は常に自然体で明るく、周囲を和ませる存在だったという。
「稽古場でみんなでストレッチをしようという話になったとき、ダンスが得意な彼女に“先生”役をお願いしたら、ムチャ振りにもかかわらず、さらっと完璧にやってくれました。彼女は周囲を照らす太陽のようなイメージがありますが、舞台上では、ふとした瞬間に“影”のような雰囲気を纏うこともあるんです。その姿が刹那的で儚く、心をグワッとつかまれますね」(富岡さん、以下同)
'20年のインタビューでは、自身の生き方について、《すべてはコントロールできない。そのことを楽しめる人間になりたい》と語っている。
バレエから芝居へと、決して一本道ではなかった石橋の半生。その遠回りさえも楽しむ姿勢が、激動の時代を生きた今回のヒロインに選ばれた理由なのかもしれない。
