原田ひ香さん 撮影/三宅史郎

 ドラマ化された『三千円の使いかた』や『一橋桐子(76)の犯罪日記』など、日々の暮らしの小さな問題から人々の生きづらさや希望をすくいとり、さまざまな人間模様をリアルに描き続けている原田ひ香さん。

 最新刊『#台所のあるところ』は、台所を通して6人の女性の人生を描いた連作短編集であり、第175回直木賞の候補作でもある。

SNSとリアルタイムのテレビ視聴の親和性を実感

「編集者の方から、『台所を中心にした小説を書きませんか?』とご依頼をいただいたんです。作家・大平一枝さんのルポルタージュ『東京の台所』シリーズのようなお話をイメージしつつ、いろいろな女性の台所を中心に、物語を進めていこうと考えました」

 本作には6編の物語が収録され、それぞれの主人公たちは深夜ドラマ『台所のあるところ』を視聴しながら、ハッシュタグをつけてSNSでつぶやいている。

「私自身、これまで二回、小説がドラマ化され、皆さんがハッシュタグをつけてつぶやいている内容を見ていたんです。ただ、原作者だとそれにはなかなか加われず……。

 その後、文庫の解説を書かせていただいた、藤野千夜さんの小説『団地のふたり』がドラマ化されたときには、リアルタイムで見ながらSNSでつぶやいていまして、それが楽しかったんですね。今回の小説は主人公たちの台所のお話でもあり、ドラマ『台所のあるところ』を見ている人の物語でもあるんです」

 原田さんは、SNSとリアルタイムのテレビ視聴の親和性を実感しているという。

「今は配信サービスで映像作品を好きなときに見られる時代です。でも、SNSで感想や考察などをつぶやきながら見るのは放送時間が決まっているテレビ番組ならではの楽しみ方だと思うので、そのことも小説に書ければと思っていました」

 第一話「ままならないキッチン、ままならない人生」の飯盛敦子は55歳の主婦。夫は定年退職後に海外ボランティアに従事し、二人の子どもは巣立ち、台所や冷蔵庫に不満を抱えたまま広い家に一人で暮らしている。

「阿古真理さんが書かれたノンフィクション『日本の台所とキッチン一〇〇年物語』を読んで、理想の台所というのはなかなか手に入らないものなのだと痛感しました。

 例えば、家を買うときや借りるときはまず予算や立地などの条件があり、台所は二の次になると思うんです。『この台所は使いにくい』と思っても、目をつぶって暮らし続けてしまう。私自身も経験がある状況をお話に反映させました」

 6編の物語の中で、冷蔵庫の数が一番多いのが第三話の「冷凍庫冷蔵庫合わせて五台」。主人公は島で一人暮らしを送る、65歳の鈴木寿子。

「島に住む人は、天候が悪く、船で物資を運べないときのために大きな冷蔵庫や冷凍庫を持っていることが多い、ということをテレビ番組などで知りました。このお話では、島に住み、大きな冷蔵庫や冷凍庫をたくさん持っている人を書きたいと思いました」

ネット上の記事や投稿から作品の着想を得ることが多い

 寿子が住む島は、とある事情を抱えている。

「テレビ東京の『昼めし旅~あなたのご飯見せてください~』という番組で、2つの家庭しかない島へ行った放送回があったんです。特に仲が悪いわけでもないのに、お互い何十年も口をきいていないというお話が衝撃的で、そのエピソードをヒントに物語をふくらませていきました」

原田ひ香さん 撮影/三宅史郎

 原田さんは書籍や雑誌、テレビ番組、ネット上の記事や投稿、YouTubeなどから作品の着想を得ることが多いとのこと。

 41歳の海原多美が主人公の第五話「犬のご飯、私のご飯」は、ネット上の投稿がヒントになったという。多美は東京の会社を辞め、地方に移住して新聞配達員として働きつつ、3匹の保護犬と暮らしている。

「地方の古い家に住み、朝だけ新聞配達をして、残りの時間は猫と過ごしているという女性の投稿を読み、すごくいい生活だなと思ったんです。多美は東京で家賃を払うためだけに働くような生活から抜け出したいと思い、今の暮らしにたどり着きました。このお話に限らず、『世の中にはこういう暮らし方、方法もあるんだ』と感じてもらえたらいいな、と思いながら小説を書いている部分があるんです」

 第五話には強力粉を使った“高加水パン”、ミニマリスト的な思考の彼氏と同棲する27歳の村松陽愛乃が主人公の第二話「半殺し」では、おはぎに似た不思議な餅“半殺し”など、各話にさまざまな料理が登場する。

 原田さんは物語に登場する料理を、実際に作っているそうだ。

「半殺しはふかしたもち米をつぶしてお餅のように作りますが、普通のお米をつぶしたきりたんぽはわりとよく作っています。高加水パンはYouTubeなどのSNSで作り方がたくさん紹介されていて、簡単にできておいしいんです」

 第四話「毎日、揚げもの」は、訪問介護の仕事をしながら、シングルマザーで四人の子どもを育てる48歳の高木花絵が主人公。本編では業務スーパーの食材がよく登場する。原田さん自身、業務スーパーを利用するという。

「夫の仕事の関係でシンガポールに住んでいたとき、お米と鶏肉を炊き込むシンガポールチキンライスをよく食べていました。シンガポールではショウガのタレを好みで合わせるのですが、そのタレを業務スーパーで見つけてすごく懐かしかったです」

 これまでお金、食べ物、本、老後問題の4つのテーマを主にして、小説を書いてきたという原田さん。本作はその流れの中でできあがった一冊だという。

「この小説の中には、いろいろな暮らしを営む人たちが登場します。誰か一人でも共感できる人がいたらうれしいですし、『自分もこういうことをしてみようかな』と思っていただけたら、作者としてとても幸せです」

最近の原田さん

「2年ぶりくらいに短く髪を切り、洗うのも乾かすのもラクになりました。私は髪の量が多くて、中学時代、三つ編みをするとすごく太くてなって『ごん太』と言われていたくらい。髪の毛自体も太くて、家の中の抜け毛が目立ち、家族から文句が出たことも……。年齢的に髪が少し細くなってきたこともあり、髪の毛の手入れがしやすくなりました」

『#台所のあるところ』 原田ひ香 文藝春秋 税込み1980円

取材・文/熊谷あづさ 

原田ひ香(はらだ・ひか)/1970年、神奈川県生まれ。大妻女子大学文学部日本文学科卒。会社員やシナリオライターなどを経て、2007年に『はじまらないティータイム』で第31回すばる文学賞を受賞。2018年刊行の『三千円の使いかた』はミリオンセラーに。ほか、『母親ウエスタン』『ランチ酒』『口福のレシピ』『一橋桐子(76)の犯罪日記』『古本食堂』『財布は踊る』『老人ホテル』『図書館のお夜食』『喫茶おじさん』など著書多数。