2014年11月2日、旭日小授章受賞の会見をした浜木綿子

 みなさん! 秋の夜長を楽しんでいらっしゃいますか? 私は、その日のうちに就寝して、翌朝5時には目が覚めてしまう早起き老人(!!)、浜木綿子でございます。

原作がある場合は必ず本を読む浜木綿子

カナダ、アメリカ公演のとき、カウボーイハットをかぶった浜さん(右)

 読書の秋ですね。本を通して人とつながる楽しさ。自分では経験できない多様な人生に触れることができて、世界が広がりますでしょ。楽しいですよね。

 私は、舞台で演じる演目で原作がある場合は、必ずその本を拝読します。

 まず、ストーリー。それに、キャラクター。セリフなどの描写をなるべく再現するために……ネ。有吉佐和子さんの『芝櫻』、宮尾登美子さんの『陽暉楼』や『寒椿』。二階堂正宏さんのブラック漫画『極楽町一丁目』などなど……。

 ですから、仕事を優先させた読書が多かった印象ですねェ。でもね、本って読むと思考力や共感力が上がるから、みなさんもストレスが軽減されるのではないでしょうか。

 もともと私は女優より、主婦になりたかったんですが、姉に誘われてタカラヅカの舞台を初めて観た日……。あの一糸乱れぬ群舞のダンスに一瞬で心を奪われてしまい、私もあの中の一人になりたいと思い立ったのです。でも、周りからは「今から宝塚を目指そうなんて無理」「1年もないのに絶対に無理だ」って。

 でも、決めたことを頑なに曲げないのが私の性格。猛練習の日々が続いて、いよいよ受験。受験番号はキリがいい「100番」になるまで母が待って、取ってきてくれました。運を天に任せて全力を尽くしました。なんと、合格!! すべてに感謝でした。

 1953年から始まった宝塚歌劇団での日々は、それはそれは厳しいものでした。忘れられない一つが、1959年のカナダ、アメリカ公演。横浜港から14日間かけて船で向かいました。最初に到着したバンクーバーは木々の緑が美しく街がキレイだったのが印象的でしたネ。

 31都市、92回公演でしたが、舞台はいつも「ブラボー!!」の声と共にすごい拍手で、上級生はじめ全員が胸をなで下ろしました。

 でも、ニューヨークのメトロポリタンだけは少し厳しい評価だったのを覚えています。そのニューヨークの街を全員、着物で闊歩したのは痛快でしたね。

 歌、日舞、演劇、ダンス、ピアノに至るまで、すべてを教えてくださった宝塚の先生方には感謝しかありません。恩人です。あの基礎があったからこそ70数年間、舞台に立ち続けられました。本当にありがとうございました。

忘れられない宝塚の同期生たち

 宝塚の同期生たちのことも決して忘れられません。一人、また一人と同期が旅立っていくのは本当に寂しい思いがします。「次は私の番かしら」なんて言い合ってますが、人の寿命はわからないものだとしみじみ感じています。

「かけた情けは水に流せ、受けた恩は石に刻め」といいますように、私がどなたかに施した恩は、水に流しましたので覚えておりませんが、人様からいただいたご恩は、決して忘れません。

 そんな私は、もうすぐ91歳になります。それでも「引退」という言葉は使いたくありません。言ってしまうと、これまでの自分を封印してしまう気がして……。寂しいですしネ。

 表舞台への「区切り」はあっても誇りを持って一生女優であり続けたいーー。そう思っております。

 みなさんもずっと、元気で「現役」でね。そして、本を読んで人と心がつながって何かいいことが起きるかも……。期待しましょう!! では、またネ!

はま・ゆうこ/1935年、東京都生まれ。宝塚音楽学校卒業。'62年に文化庁芸術祭奨励賞、'73年にゴールデン・アロー賞、'89年に菊田一夫演劇大賞、'95年に橋田賞などを受賞。2000年に紫綬褒章、'14年に旭日小綬章を受章

宝塚時代と人からの恩は忘れない浜さんのエッセイは隔号に掲載中。次回は11/10(火)発売号です!