第13回全国高校生手話パフォーマンス甲子園に出場する高校生たちと懇談(2026年9月27日)

「聞こえないこと、聞こえにくいこと、自分とは異なるさまざまな背景や状況に対する理解が深まり、誰もが安心して暮らせる社会になることを、そして、誰もがより幅広い選択肢を持てる社会になることを、そしてこれらが当たり前の社会になることを強く願っています」

佳子さまが高校生の演劇やダンスなどを観客席から鑑賞

鳥取県の若桜民工芸館を訪れ、土鈴の色つけ体験(2026年9月26日)

 秋篠宮家の次女、佳子さまは9月27日、鳥取市のとりぎん文化会館で行われた第13回全国高校生手話パフォーマンス甲子園の開会式に出席した。そして、千葉県や神奈川県などの台風25号の被害に触れ、被災者へのお見舞いを伝えた後、冒頭のように手話で挨拶した。

 引き続き、高校生の演劇やダンスなどを観客席から鑑賞し、両手をひらひらとさせる手話で拍手を送っていた。大会終了後、ダンスなどの部門で優勝した東京都の高校生らと懇談した佳子さまは、「面白いパフォーマンスをありがとうございました」と感想を述べたという。

 前日の26日午前、佳子さまは空路、鳥取空港に到着し、出迎えた市民たちに笑顔で会釈を繰り返した。その後、第三セクター若桜鉄道の若桜駅構内で、担当者から駅の概要について説明を受けた後、SL機関車に体験乗車している。

 報道によると、佳子さまは助手席で自ら汽笛を1回鳴らし、外に向けて笑顔で手を振った。佳子さまは「大変素晴らしい施設。沿線の皆様が一生懸命に尽力しているおかげ」と話したという。

 続いて、日本工芸会の総裁でもある佳子さまは若桜民工芸館も訪問し、同町の民工芸品で、魔よけの効果があるとされる、土鈴の色つけを体験した。「かわいらしい表情にするコツがあるんですか」と佳子さまは質問しながら、自身の干支である犬(戌)にちなんだ土鈴に、棒と筆で目や口を描き込んだ。

 また、介護老人福祉施設では、施設の壁に張る飾りを利用者と一緒に制作した。この日夕方、佳子さまは鳥取市内のホテルに移動し、手話パフォーマンス甲子園に出場する高校生らとの交流会に参加して、「皆さんのパフォーマンスに期待しています」などと手話を交えて激励したという。

名古屋市の老舗工芸店「安藤七宝店」では、釉薬を使った色つけの作業を(2026年9月30日)

 佳子さまは9月30日、名古屋市南区にある安藤七宝店を訪れ、伝統工芸品「尾張七宝」を鑑賞し、豆皿に釉薬をのせて色をつける「施釉」を体験した。

 佳子さまは案内役の説明を受けながら、店内にある尾張七宝を一点ずつ鑑賞した。そして、色つけの体験では自らのお印である「オオハマボウ」の花の柄に合わせ、職人の実演を見ながら細い竹の棒や筆を使い、豆皿に少しずつ釉薬をのせていた。

 その後、佳子さまは、同市千種区で開かれている日本伝統工芸展の会場も訪れ、作品を鑑賞した。

セパタクローに感心する悠仁さま

若桜鉄道のSL機関車の助手席に乗車。汽笛を鳴らして笑顔を(2026年9月26日)

 それに先立つ9月19日、名古屋市瑞穂公園陸上競技場で行われた第20回アジア競技大会の開会式に、佳子さまの伯父である天皇陛下と皇后さま、それに、大会名誉総裁の秋篠宮さま、紀子さまも出席した。アジア競技大会は4年に1度、開催されるアジア最大のスポーツの祭典として知られ、10月4日までの日程で熱戦を繰り広げた。

 9月21日には、佳子さまの弟である悠仁さまが愛知県の東海市民体育館を訪問し、アジア競技大会のカバディ男子の日本とインドの試合を見学した。

 その後、名古屋市内でセパタクロー女子の日本対韓国の試合などを観戦し、拍手を送っていた。セパタクローは「足で行うバレーボール」と呼ばれる。ネットを挟み、足や頭を使って、相手のコートにボールを返し合う競技で東南アジアが発祥だといわれている。

 悠仁さまは、「いろいろな技を巧みにやっているのですね」などと感心していたという。

《戦争の悲劇を繰り返さないためには、本来、ありのままの資料を見て、自分には何ができるかを考えてもらうことが望ましい。だが、強い恐怖や悲しみから、子供たちが「戦争に関する資料は見たくない」と思うようになっては元も子もない》

 9月28日付「読売新聞」の社説《戦争資料の展示、子どもたちの心にどう配慮する》は、このように書いている。この社説によると、広島市の広島平和記念資料館は2028年度に、主に修学旅行などで訪れる小学生、中学生向けの新たな展示スペースを設けるという。悲惨な写真などを展示するコーナーの手前に、「この先には、傷つき苦しむ人の写真や絵があります」などという注意書きを掲げる予定らしい。

 資料館を訪れた小学生や中学、高校生へのヒアリング調査などで、「悲惨な絵が頭から離れない」「悪夢を見る」という回答が複数あったためだという。

 戦後80年の節目の年だった昨年の夏、秋篠宮ご夫妻、それに、佳子さまと悠仁さまの家族4人は、東京都目黒区にある東京都写真美術館を訪れ、「被爆80年企画展 ヒロシマ1945」を見学した。

 この企画展は、中国新聞社など報道機関5社の主催で、各社のカメラマンや市民らが撮影した原爆投下直後の写真など約160点と映像を公開していた。

 佳子さまたちは、担当者から説明を受けながら、原爆投下後の写真などを真剣な表情で見て回った。当時、筑波大学1年生の悠仁さまは「写真や映像が持つ情報の多さや力を感じました」との感想を述べたという。

 秋篠宮ご一家が訪れた数日後、私も会場に足を運んだのだが、焼死体などかなり凄惨な写真もあり、佳子さまや悠仁さまは見て大丈夫だっただろうかと、心配になった。

 佳子さまは小さいころから親の公的な活動に同行して、戦争や災害などの被害に向き合ってきた。これは内親王としての大事な務めなのだが、時代は日々、動いている。

 これからは、皇室に生まれた子どもたちへも、いろいろな配慮というものが必要になるかもしれない。

<文/江森敬治>

えもり・けいじ 1956年生まれ。1980年、毎日新聞社に入社。社会部宮内庁担当記者、編集委員などを経て退社後、現在はジャーナリスト。著書に2025年4月刊行の『悠仁さま』(講談社)や『秋篠宮』(小学館)など