日本を代表する名優・仲代達矢さんが、昨年11月8日に92歳で亡くなって1年がたとうとしている。およそ70年にわたって俳優として第一線で活躍してきたが、仲代さんが残したものは、スクリーンや舞台で見せた姿だけではない。
「1952年に高校を卒業した後、19歳で俳優座養成所に入所し、演技を学びました。1959年以降、小林正樹監督の『人間の條件』や『切腹』、黒澤明監督の『影武者』や『乱』など、日本映画史に残る作品に出演。2015年には文化勲章を受章しました」(映画誌ライター)
俳優として活躍する一方、1975年には妻の宮崎恭子さんとともに俳優養成所「無名塾」を設立し、後進の育成にも力を注いだ。
「その無名塾が、2027年2月末をもって活動を終了することを発表しました。役所広司さん、益岡徹さん、滝藤賢一さんらを輩出してきた同塾。10月31日からは、ソーントン・ワイルダー作の不朽の名作戯曲『わが町』の公演が控えています」(スポーツ紙記者)
「映画は映画館で観てほしい」
仲代さんの歩みを伝える取り組みは、今も続いている。東京・池袋のミニシアター「新文芸坐」では1月から12月まで、出演作を月ごとに上映する特集「役者・仲代達矢 銀幕の軌跡」を開催中。11月には黒澤明監督の『用心棒』の上映が予定されている。
「仲代さんには、これまで何度かトークショーに登壇していただきましたが、そのたびにお話しされていたのが“映画は映画館で観てほしい”ということです。映画館の大きなスクリーンで作品を鑑賞することの醍醐味を、たびたび説いていらっしゃいました」(新文芸坐責任者、以下同)
無名塾の塾生たちを連れてくることもあったという。
「ご自身の出演作から何かを感じとってほしいという思いがあったのでしょう」
そして、仲代さんの素顔を知るうえで欠かせないのが、半世紀にわたって通い続けた横浜市内の和食店「味の道 すだち」。
「仲代さんには、主人が六本木のお店で修業していたころから可愛がっていただき、横浜で開業してからも、頻繁に顔を出してくださいました」
そう振り返るのは、店主の木村順子さん。店は創業52年目を迎え、仲代さんと店主との付き合いも半世紀近くに及んだという。店内には、仲代さんが店名を揮毫した暖簾が今も大切に飾られている。
「今のお店は移転を重ねて5店舗目になるのですが、暖簾は4店舗目のお祝いにいただいたもの。左下にはサインも入れていただきました」(木村さん、以下同)
「100歳まで頑張りなさいよ」
木村さんが50年にわたる交流の中で感じてきたのは、名優としての威厳よりも飾らない人柄だった。
「日本を代表する役者さんですが、偉そうにすることはいっさいなく、真摯な方でした。ほかのお客さんに気さくにサインをしてくださることもありました」
最後に店を訪れたのは、亡くなるおよそ3か月前だった。
「その日は“100歳まで頑張りなさいよ”と声をかけてくださいました。私が“(お互いに)この分だと100歳まで大丈夫ですね”と言うと“僕も大丈夫だと思うんだよね”とおっしゃって。それが最後になりました……」
仲代さんが人々に残したものは、今もそれぞれの場所で生き続けている。
