糖尿病や腎不全などの病を抱えながら、音楽活動を続けているラッパーのダースレイダーさん。昨年から、透析の準備から片づけまでを自ら行う「セルフ透析」を始める。自ら治療に主体的に関わることで、病気の受け入れ方から生き方までもが変わったという。病気を「不自由」と感じない思考とはーー。
年間300食カレーを食べるような生活を送っていた
東大中退という異色の経歴を持つ、ラッパーのダースレイダーさん。深い知性と旺盛な好奇心、高い問題意識で政治や文化、時事問題など音楽以外のフィールドでも積極的に発信を続ける。最初の病気である脳梗塞を発症したのは今から16年前、33歳のときだった。
「父が66歳の若さで亡くなったのですが、そのことがきっかけで病院に不信感を抱くようになりました。フリーランスなので、健康診断を受けることもなく何十年と過ごしていて、脳梗塞はまさに青天の霹靂。眼球につながる血管が詰まってしまったことから左目の視力を失い、眼帯を着けるようになったんです」(ダースレイダーさん、以下同)
入院期間は1か月半。その間に糖尿病を患っていることも判明。脳梗塞や失明も、糖尿病が影響している可能性があると告げられた。そこからはインスリン注射のやり方を習うなど、糖尿病との闘いも加わる。
「食べることが好きで、それまでは年間300食もカレーを食べるような生活を送っていて(笑)。でも、娘のためにも長生きしたいと食生活を見直し、こまめに歩くようになりました」
退院後も定期的に検査を受けていたが、徐々に腎臓の状態は悪くなっていったという。
40歳のときに腎臓病専門医を受診した際、「このまま何も手を打たなければ、あと5年の命」と突きつけられた。
「医師からは今後、腎臓がよくなることはなく、できるだけ進行を遅らせるのが大事であること、その中のひとつの手段に人工透析があることを伝えられました。でも、何としても人工透析だけは避けたかった。今思えば知らなさゆえの漠然とした不安なのですが、人工透析=人生終わりのイメージしか持てなくて」
以前は、透析している人の10年後の生存率は5割程度というデータもあった。
「透析で人生の自由が縛られてしまう。そんなネガティブな要素ばかりに目が向いて、詳しく調べることもしませんでした」
人工透析を避けるべく、糖質制限による血糖値コントロールを提案する医師の元に通い始め、徹底した糖質制限を開始。体重も70kg台からみるみる落ちて57kgほどになったが、ここにも落とし穴があった。
「実は途中から、事情があって医師の指導のない状態で糖質制限を続けていたため、極端に制限しすぎていたんです。そのせいで、ケトン体という物質が体内に過剰に蓄積する『ケトアシドーシス』に陥ってしまった。血液が酸性に傾き、強い倦怠感や吐き気、意識障害を引き起こす重篤な病気です。緊急入院してなんとか一命をとりとめました」
透析は週3回、1日4時間
仕切り直し、適切な血糖値コントロールによる食事療法を再開し、相性のいい医師にも出会って治療を続けていたが、それでも少しずつ坂を下るように腎臓の状態は悪化。
吐き気や倦怠感で日常生活や仕事に支障を来すようになり、とうとう人工透析を受け入れざるを得ないと決断したのが去年。48歳になっていた。
ダースレイダーさんはライブのための地方出張も多く、週3回、1日4時間の透析は仕事に影響する。
加えて週末は家族との時間も確保したい。できるだけスケジュールを柔軟に組め、通いやすさも考えて何軒か透析クリニックを見学し、知人の紹介で「セルフ透析」ができる「田端駅前クリニック」と出合った。それが病気との向き合い方を大きく変えることに。
「一般的なクリニックって、当たり前かもしれませんがすごく静か。エネルギーを感じない場所というか……。でも今のクリニックは、ジャズがかかってカフェみたいな空間に、リクライニングシートでノートPCで作業している人がいたり。『透析のイメージと違うぞ』って。医師の説明も丁寧で、すごく寄り添ってくれる感じがありました」
「その人らしい人生を送るための透析」をコンセプトとするクリニックだった。
「僕が抱いていた、『生き延びるための生命維持装置』ではまったくなかった。スケジュールの自由度が高いことも決め手のひとつで、基本の日程は決めるけれど、変更にも柔軟に対応してくれる。それがとてもありがたかった」
セルフ透析とは、透析の準備、穿刺、回路接続、片づけまで、すべて自分で行う人工透析のやり方。その“自分で”というのが、病気との向き合い方にもプラスに作用しているという。
「治療も看護も“受ける”ものだから、病気があるとどうしても“受動モード”になりがち。でも、セルフ透析は自分のメンテナンスを自分自身で行う能動的な治療だと考えています。カッコいい言い方をすると、F1レーサーの『ピットイン』のように、走り続けるためピットに入って、タイヤ交換やエンジン修理をするメンテナンス法。
何年も人工透析から逃げまくったあげく、いよいよ追い詰められたという感覚だったのが、セルフ透析を『動くために自分で調子を整える』と捉えるようになって、病気との向き合い方が変わった気がします」
セルフ透析を始めて1年あまり。1度につき4時間かかる透析の時間も無為にしないのがダースレイダーさんだ。
2人の娘が成人するまではがんばる
「最初こそ『この時間を有意義に』と意気込んでいました。でも、この先一生のことだから無理に飛ばすのはやめ、最近は眠くなったら寝ちゃう。たとえ2時間寝てもあと2時間もあるから、そのあとは仕事で必要な本を読んだり、映像を見たり、考えをまとめたりして、けっこう忙しく過ごしています。普段はそうしたことのために4時間確保するのは大変。でも透析の時間を使えると考えると、それはそれで貴重だなと」
適度な運動や腎臓に負担をかけない食事を続けつつ、仕事や社会活動も精力的にこなす、ダースレイダーさんの次なる目標は?
「今年、長女が17歳、次女が11歳。2人が成人するまではがんばるというのは家族の共通認識で、僕の中で目標になっています。半分ネタみたいな感じで、長女からよく『だってパパ死んじゃうじゃん』と言われます(笑)。その意味は、だから旅行とかおいしいものを食べに行くとか、一緒にどんどんやろうってこと。あとは会いたい人に会うことを先延ばしにしないようにしています」
今現在の目標は、行動範囲を広げること。
「今年、家族で韓国旅行に行って旅行中も透析をしました。人工透析を始める前は、それによって人生でチャレンジ自体ができなくなると思っていたんです。でもセルフ透析で『まだ挑められる場所があるぞ』ってわかった。だからそれをどこまで広げられるか、チャレンジし続けたいですね」
取材・文/遊佐信子
ダースレイダー 1977年生まれ。ミュージシャン、ラッパーとして日本のヒップホップシーンを牽引。脳梗塞を発症後、複数の病気と闘い続けながらも、積極的にメディア活動を継続。

