「花や緑は、私たちに、うるおいや安らぎをもたらしてくれます。また、地球温暖化の緩和、防災に大切な役割を果たすとともに、多様な生き物をはぐくんでいます。このかけがえのない花や緑を、皆様がいつくしみ、守り育てていることは、とても意義深いことと思います。
(略)私は昨日、丹波自然運動公園の『菊花展』で、たいへん立派な菊を見せていただき、育てた方々からこれまでのご努力について伺いました。また、京都・亀岡保津川公園では、稲穂のステージや稲わらで作られたアート作品などを楽しみ、地元の方々の参加についてもお聞きしました」
佳子さまや京都府知事らが参加した花と緑の祭典
花と緑の祭典「第43回全国都市緑化フェアin京都丹波」の中心行事、「全国都市緑化祭」が10月7日、京都府亀岡市の亀岡運動公園で開かれた。式典には秋篠宮家の次女、佳子さまや京都府知事、地元自治体の首長ら約400人が出席した。そして、佳子さまは冒頭のように挨拶した。
式典の後、佳子さまは、地元の小学生と一緒に「祇園しだれ桜」の苗木を植樹した。また、佳子さまはフェア会場の一つ・園部公園(南丹市)も訪れ、地域に花を増やす活動に取り組む市民と高校生が整備した花壇などを見学した。
これに先立って6日、佳子さまは京丹波町を訪れ、京都府無形民俗文化財の和知人形浄瑠璃を鑑賞し、技能の継承に取り組んでいる中学生たちと交流した。佳子さまは「登場人物の心の動きが伝わってきて、とても良い舞台でした」と感想を述べたという。
また、中学生との懇談では「人形を動かすときに気をつけていることは何ですか」などと、熱心に質問していた。
佳子さまが京都府を訪問していた10月7日、両親の秋篠宮ご夫妻は、東京都千代田区の海運クラブを訪れ、第66回海外日系人大会の歓迎交流会に出席していた。
世界各地の日系人が集まり親睦を深め、日系社会の課題などを話し合うイベントで、ブラジルやペルーなど17か国から約200人が参加した。秋篠宮ご夫妻は参加者たちと懇談し、交流を深めていた。
以前にこの連載でも触れたが、秋篠宮ご一家はこのように家族で分担しながら、より多くの公的な活動を務めようと日々、努力している。
10月11日、佳子さまは東京都渋谷区で開催された、次世代を担うガールスカウトたちの活動報告や表彰を行う「ガールズメッセ2026」(ガールスカウト日本連盟主催)に出席している。
佳子さまは、「子どもたちが視野を広げ、自信を持って歩みを進められるよう活動を支えてこられた方々に深く敬意を表します。このような努力がジェンダー平等を含む、より良い社会の実現につながることを願っています」などと挨拶した。そして、佳子さまは社会課題に取り組む高校生たちの活動報告を聞き、拍手を送っていた。
式典後、外国人向けの防災パンフレット作りのほか、耕作放棄地での有機栽培を実践した少女たちに「新しい挑戦を頑張られましたね」「特に心に残っていることを伺ってもいいですか」などと佳子さまは言葉をかけ、笑顔で交流していた。
《イギリス留学から帰国後の昭和62年(1987)、私はネパール国を訪問しました。そして、ヒマラヤの山々を一望するポカラ郊外の山歩きの際に、水汲みをする人々に出会いました。蛇口から出るほんのわずかな水を求めて多くの女性や子供たちが集まっていたのです。「この水で持って来た甕を満たすのにどのくらい時間がかかるのだろうか」。「女性や子供が多いな」。「水汲みというのもたいへんな仕事だな」。(略)
この光景こそ、私が水問題を考える時にいつも脳裏に浮かぶものであり、私の取り組みの原点となっているように思います》
《私は、過去から現在にいたるまでの、人と水との関わりを示す国内外の場所にも足を運んできました。そこには、水の利用の仕方や災害の防止のために、それぞれの国や地域で人々が知恵を出し合いながら取り組んできた歴史があることがよくわかりました》
これは、天皇陛下の著書『水運史から世界の水へ』(NHK出版)の文章である。このように長年、水問題の研究を続けている陛下は今年6月、東京都北区を訪れ、荒川と隅田川の分岐点にある岩淵水門や荒川知水資料館などを視察している。
陛下が訪れた荒川知水資料館で
今年8、9月、東京は鬱陶しい雨の日が多かった。10月の連休中、久しぶりに晴天の日が続いたのを幸いに、私は岩淵水門まで足を運んでみることにした。
地下鉄の駅を降り、荒川を目指して歩いた。水辺に近づくと、真っ青な空がどこまでも広がっている。河岸でボール遊びをする親子や釣りを楽しむ若者グループ、家族連れを目にした。秋晴れの下、誰もがとても気持ちよさそうだった。神社の祭りだろうか、神輿が練り歩く音が遠くから聞こえてきた。
陛下が訪れた荒川知水資料館で、岩淵水門や荒川放水路について勉強した。江戸から明治時代にかけて、荒川下流部は隅田川に流れ込み、東京湾に注いでいた。しかし、たびたび洪水に悩まされ、1910(明治43)年の大洪水を契機として、岩淵から東京湾に向けた放水路(人工河川)を造ることになり、翌年から大工事が始まったという。
放水路は全長22キロメートル、幅500メートルもある巨大なものだった。1924(大正13)年、旧岩淵水門ができあがり、1930(昭和5)年、荒川放水路の工事が完成した。旧岩淵水門の老朽化などのため、1982(昭和57)年、現在の岩淵水門ができあがった。今年6月の視察時に、陛下は災害対策支援船に乗り、岩淵水門などを間近で見学した。
この10月24日、改正皇室典範が施行された。荒川のほとりでのんびりとくつろぐ人たちを見ながら私は、佳子さまたちには、天気が良いからふらっと出かけてみようという、自由は許されないのだと思った。そう考えると、内親王として窮屈な人生を終えることが、はたして幸せなのだろうかと、考えざるを得ない。
佳子さまや愛子さまは、結婚後も皇室に残るのだろうか。その選択が注目される。
<文/江森敬治>
