7月に発生した熊本地震から、およそ3か月。現在もインフラや生活再建に向けた取り組みが続いているが、いまだに震災の爪痕は色濃く残っている。
「昨日も現地に行ったんですけど、まだまだテントやガレージで寝たり、車中泊生活を続けている人がいるんです。最近は朝晩がだいぶ寒くなってきていて、今後は毛布や暖かいパジャマ、靴下などの物資が必要になる。避難所でも床が板張りだったりフローリングだったりするので、このままだと足元から一気に冷えるんですよね」
そう語るのは、被災地支援を行う熊本在住のタレント、井上晴美だ。1991年に「桜っ子クラブさくら組」でアイドルデビュー。デビュー後は抜群のプロポーションを武器にグラビアでも活躍し、スキンヘッドで挑んだヘアヌード写真集は大きな話題となった。現在は故郷である熊本で、シングルマザーとして3人の子を育てている。
前回の熊本地震でパニック障害に
「被災地支援で大切にしているのは、頑張ってという気持ちを伝えるだけではなく、必ず行動につなげること。現場のニーズに応えられるように、まずは自分の足で動いて現状を見て、本当に必要な支援ができるようにしたいんです」(井上、以下同)
そのためにAmazonの「ほしい物リスト」を活用したり、運営するこども食堂を通じて必要なものを募り、物資を現地へ届ける支援を行っている。井上自身も、10年前に発生した熊本地震では大きな被害を経験した一人だ。
「家が全壊してしまい、小さい子どもたちを抱えた状態で、明日からどうやって生きようか、と。当時は絶望で毎日泣いていましたね。子どもたちから『また泣いてる』って言われるくらい、自然と涙が出てきたんです。なんとか寝る場所やお風呂を確保することはできても、その先の生活をどう立て直せばいいのか、何も考えられなかった」
被災後は、乗り物に乗ると息苦しくなったり強い不安に襲われたりするパニック障害にも悩まされた。10年がたった今も、症状が完全になくなったわけではないという。
「地震が起きたときの圧迫感と重なったのかな。飛行機に乗っていたら早く降りたい、どうしようって動悸が止まらなくなって、手が汗でびっしょりになったり。今でも乗り物のドアが閉まるところを見ないように音楽を聴いたり目をつぶったりしないと、苦しくなることがあります。この10年で自分なりに対処法がわかってきたけど、それでも不安な気持ちというのはなかなか消えないですね」
だからこそ今回の被災地の状況も、人ごととは思えなかった。
「私は今回の地震では被害を受けていませんが、いつどこで災害があっても迅速に支援できるようにしたい、というのは常に考えているんです」
自身の経験を生かし、地域に根ざしたボランティア活動に取り組む。運営するこども食堂の活動では子どもだけでなく、子育てに奮闘する親の気持ちにも目を向けている。
「私自身、子育てが楽しいことばかりではなかったし、孤独な気持ちを抱えていたから、親たちにも楽になってほしいなと」
「母親だから」という理由で諦めてきた
東京での華やかな芸能生活から一転、結婚・出産を機に夫の希望で長野県の山中へ移住を決めたのは20年ほど前のこと。見知らぬ土地での子育ては、決して楽なものではなかった。
「知り合いもいないし、夫には頼れなかった。2年おきに3人出産したので、子どもたちが小さいころは1人をおんぶしながら、もう1人と手をつないで、もう1人の世話をして……と、子どものことだけで1日が終わっていく日々でした」
芸能界では、頼めばマネージャーが動いてくれる環境が当たり前だった。
「人生ってこんなに変わるんだって(苦笑)。お風呂に入っても子どもたちが何かしらやらかすので、自分の身体や顔をまともに洗えないんです。常におんぶしているから背中はガチガチで、子どもの泣き声を聞くだけで憂鬱になる時期もありました」
子育ての大変さを経験してきたからこそ、故郷である熊本に、親たちが育児の悩みや、たわいもないことを話し合ったり、息抜きができる場所をつくりたいという思いが生まれた。
「子どもたちと過ごした時間はかけがえのないものだったと今なら思えるんですけど、当時のつらさも忘れられないですからね。子どもも大人も元気になってほしいんです」
必然的に家庭を優先する形になっていたが、時は流れるもの。離婚を経験、その後子どもたちは無事に成長した。自身も50代に突入し、余裕も生まれてきた中で挑戦したのが、8月に同時発売された自身初のデジタル写真集『Le Rouge et le Noir』と『或る女』(共に講談社)だ。
「母親でいる時間があまりにも長すぎて、自分を見つめ直す機会もありませんでした。今回グラビア撮影のオファーをいただけたことで、そろそろ動き出してもいいのかなって」
これまでは「母親だから」という理由で諦めてきたことが多かったと振り返る。
「毎朝お弁当を作って車で送って……昔はあんなに1人の時間が欲しいと願っていたのに、この毎日が終わると思うと寂しくなるんです(笑)。子どもたちがいなくなったあとに無気力になったりしないように、今後は自分のことも真剣に考えなくちゃいけない。またお芝居をやってみたいという気持ちもありますし、いろいろな仕事に挑戦する姿を子どもたちに見てもらいたいですね」
長年のファンとは同級生のような感覚
27年ぶりのグラビア撮影では以前とは違う感覚もあったという。
「若いころは、私以外の周りの人たちが私を勝手につくり上げていくことに戸惑いもありました。でも今回の撮影では、どうしたらもっといいものになるか私を含めみんなで意見を出し合えたんですよね。とてもいい経験でした」
体形についても無理に取り繕うことはせず、自然体で臨んだ。
「撮影に向けて特別なことは何もしませんでした。出産を経験した身体は昔とはまったく別物だけど(笑)、それも含めて私だし、現実だから」
50代に入ってからは更年期障害だと思われる症状も出てくるようになった。
「普通に過ごしているつもりでも、急に気持ちがブルーになって泣きたくなったりするんですよね。でも、年齢を重ねて、自分を素直に見つめることができるようになった気もします。隠しても仕方ないですしね」
ありのままの自分を見てもらいたい。その思いは昔から井上さんを応援してきたファンにも届いているようだ。
「SNSに『写真集買いました。ずっとファンです。僕も結婚して父親になりました!』なんて近況報告のコメントをくださる方も多くて。なんだか昔の同級生から連絡がきたみたいで、うれしい気持ちになるんですよね。人生って何歳になっても学びがあると思うから、これからも応援してくれる人たちと一緒に成長していきたいです」
飾らず、隠さず、自分の言葉で話す。被災の経験も、子育ての大変さも、年齢とともに変化する心身のことも、きれいごとだけを語るわけではない。
「だって人間だもん(笑)。変化するのは当たり前のことだから、無理してキラキラした自分でいる必要はないと思うんです。できないことに執着しないで、今できることにフォーカスしていきたいんです」
謙遜しながらも、その自然な笑顔は輝いていた。
12月20日に熊本県・氷川町役場でイベント予定。詳細はInstagram(@harumi_inoue_)にて。支援物資はこちらの「ほしい物リスト」で募集中。井上晴美と子供食堂(@kumamotodining)
取材・文/片岡あけの
