みなみだ・さちえ 介護・認知症ジャーナリスト&アドバイザー。1961年、大阪府生まれ。'90年から2013年まで、作家の渡辺淳一氏の事務所に勤務。'08年に夫が若年性認知症と診断された後、さまざまな介護の資格を取得。現在は自宅で夫を介護しながら、講演会などで自身の体験を語るなど活躍。ブログ「ななこのおまけ日記&介護」も更新中。
みなみだ・さちえ 介護・認知症ジャーナリスト&アドバイザー。1961年、大阪府生まれ。'90年から2013年まで、作家の渡辺淳一氏の事務所に勤務。'08年に夫が若年性認知症と診断された後、さまざまな介護の資格を取得。現在は自宅で夫を介護しながら、講演会などで自身の体験を語るなど活躍。ブログ「ななこのおまけ日記&介護」も更新中。

 以前は作家の渡辺淳一さんの事務所でバリバリと仕事をこなしていた南田さん。ダンディーでやさしく仕事熱心な夫、そして犬や猫たちと穏やかに暮らしていたのだが……。

「今思うと、'05年くらいから夫がじわじわと変わっていたんです。それまで夫は何でも自分でやっていたんですけど、何かと私に聞くようになったんですね。なんだか自信もなさげで。でも50歳を過ぎた男の人ってそんなものじゃないかな、と思っていたんです」

 そして'06年、若年性認知症を描いた映画『明日の記憶』を夫婦で見に行ったときのこと。

「映画が終わって、お茶を飲みながら“私、人生で認知症ってカードだけは引きたくないわ”と言ったんです。すると夫が“そうだね、でも明日はわが身かもしれないよ”と。そのときの夫の顔は、今でも覚えています。どことなく寂しい表情でした。そのときはまさか自分が体験するとは……。なのでタイトルは、本を書く前から『明日はわが身』に決めていたんです」

 本書によると「若年性認知症」とは、18~64歳までに発症する認知症で、厚生労働省調査班の平成21年の推計によると、患者は全国で37750人、平均発症年齢は51.3歳で、若年性は一般に高齢者よりも進行が早いのだそうです。しかも初期症状はうつ病に似ていて、南田さんもまったく気づかなかったといいます。

「夫も私も関西人なので、吉本新喜劇が大好きなんですね。坂田利夫さんが出てくると、それだけで大笑いしていたのに、ふと横にいる夫を見ると、笑っていなかったんです」

 その後、うつ病や更年期障害を疑って受診するもどこにも悪いところがない。しかし病状は悪化、ついに'08年11月に認知症の原因疾患のひとつである「大脳基底核変性症」との診断が。しかし誰にも相談できず、たったひとりで介護をしていたという南田さん。

「介護というカードは誰にも必ず回ってくるものなんです。でも私はそれを知らず、カードが突然回ってきてびっくりして、何もわからないまま、ひとりで抱え込んでしまいました。もしあのときに、いろんな制度を知っていたら……と思ったんです」

 そうした思いから書かれた本書は3章に分かれ、第1章ではたったひとりで介護を始め、ギリギリのところまで追い詰められた壮絶な体験が、第2章では制度を利用し、よりよい介護生活を求め奮闘する姿が描かれます。そして第3章では介護年表と、その時々でどういった行動をとるべきか具体的なアドバイスがまとめられ、巻末には若年性認知症に関する相談機関、窓口の連絡先が掲載されていて、実用書としても役立ってくれる頼もしい1冊です。

『明日はわが身』南田佐智恵=著/1300円/新潮社
『明日はわが身』南田佐智恵=著/1300円/新潮社

 取材ではとても穏やかに話す南田さんですが、介護で試行錯誤する間、怒りが爆発してガラステーブルを素手で叩き割ったり、ドアを壊したり、まったく記憶のない恐ろしい行動などもあったそうです。

「認知症は人格がガラッと変わってしまうので、見ているほうも戸惑うんです。昨日できたことが今日はもうできない、去年と今年で全然違うことに苛立って、こっちもパニックになってしまうんです。それでついカッとなって夫を罵倒することもありました。それまでの私は、夫に対して嫌なところが全然なかったんですよ。何でも夫がやってくれていたから、自分にこんなに激しい部分があったなんて初めて知ったんです」

 しかし、飼い犬のななこちゃんがご主人を守るように振る舞い、ハッとさせられることも多かったそう。

「ななこは私が夫を罵倒すると、夫の横でクンクンと鼻を鳴らして守っていました。私が怒りにまかせてクッションをぶつけたりすると、猫たちは驚いて逃げるんですけど、ななこだけは逃げなかったですね」

 最初は余命2年と宣告された夫。しかし現在7年が過ぎ、有料老人ホームに入っていたご主人は自宅へ戻り、昼はデイサービス、夜は訪問看護による自宅介護をしているそうです。

「介護って、自分の鏡なんです。こちらが笑顔と愛情を注ぐと、向こうも応えてくれる。でも、こちらが希望や未来を捨ててしまうと、相手もわかるんですよね。そうなってしまうと、お互いに首の絞め合いになってしまう。ですので、とにかく介護は7割をプロに任せて、3割は家族がスマイルするのがいいんです」

「夫は私がいると、スマイルしてくれるんです。ただ、その顔を見て、“あぁよかったな”と思うまでには、介護の山を3つくらい越えないとわからない。今は朝起きて“おはよう”と言うと、パチッと目を開けてニコッと笑ってくれるだけでいい。何かができるとか、よくなるとか、そういうことはもう求めていないし、それは2つ目の山に置いてきましたから(笑い)。誰にでも回ってくる介護のカードは、決してジョーカーではありません。そのカードをハートのエースにするかどうかは、介護者次第なんですよ」


 渡辺淳一さんに「その体験を書くべき」と背中を押されたという南田さん。「先生は“介護、子育て、恋愛は向き合ってはいけない。お互いに一点しか見なくなっていいところを見つめ合おうとしない。一点を見つめすぎると大事なものが見えなくなる”とおっしゃっていました」。渡辺さんの素敵な言葉は、本書にもたくさん収められています!(取材・文/成田 全)