本好きのふたりが選んだ珠玉の30冊

 ともに岡山県出身で同世代の小説家・小川洋子さんとエッセイスト・平松洋子さん。幼いころから本が大好きだったふたりの“洋子さん”が、心に残る大事な本を持ち寄り、文学と人生について語り尽くした対話集『洋子さんの本棚』。少女時代の思い出から思春期の葛藤、人との出会いや旅立ちまでを存分に語り合っている。

小川洋子
おがわ・ようこ●1962年、岡山県生まれ。1988年、「揚羽蝶が壊れる時」で第72回海燕新人文学賞を受賞。1991年、「妊娠カレンダー」で第104回芥川賞を受賞。『博士の愛した数式』など著書多数。 撮影/佐々木みどり

小川 平松さんとゆっくり話すのはこれが初めてでしたが、よく私の小説の書評を書いてくださっていたので、以前から近しい人のように感じていました。

平松 私は小川さんの作品が大好きなので、小川さんとはずっと本を通して対話していたような気がします。だから初めてお会いする気がしなかったですね。

 おふたりが選んだ本は計30冊。『アンネの日記』『シャーロック・ホームズの冒険』など誰もが知る名作から、白洲正子や檀一雄の旅行記、藤沢周平の世話物や内田百閒の短編までが並ぶ。

小川 平松さんが挙げてくださった本は、私が読んだことのないものも多かったのですが、“教えていただいてよかった”と思える体験を何度もできて幸運でした。例えば、深沢七郎さんの『みちのくの人形たち』。これはすごい本でしたねえ。

平松 私は繰り返し読んできた本なのですが、毎回わからなくなるんです。確かに深沢七郎の小説は好きだけれど、なぜとりわけこの1冊に惹かれるのだろうと。だから小説家である小川さんがどう読むのかという興味はすごくありました。

小川 これは主人公が東北の村を旅する話ですが、その行き先が自然と死の世界へとつながっていく。しかも読者を驚かせようというトリックはなくて、静かに一歩一歩進んでいったら、いつの間にかそこへ行き着くという……。小説の冒頭で“もじずり”という花の名前が出てくるんですが、その文字を目にした瞬間から、何かもう怖い(笑い)。

平松 そこで世界がゆがみますよね(笑い)。

 こうして新たな本との出会いがある一方、以前読んだことのある本でも、今回再読したことで思いがけない発見も多かったそう。

小川 例えば、倉橋由美子さんの『暗い旅』は若いころに読んだきりでしたが、この年で読み返して、平松さんと語り合ううちに、これは母性をテーマにした小説ではないかと感じて驚きました。当時は主人公の報われない愛を描いた小説としか理解していなかったのが、今読むと脇役のお母さんに目が行くんですよ。

平松 私も小川さんと話していなければ、『暗い旅』に“主人公が自分の中の母性を否定していく”という一面があることに気づかなかったかもしれません。普段読むときは、本と自分との1対1の関わりですが、ほかの人と本について話していると、いつもとは違う場所からその本にパッと光が当たる。今回はそんな発見がたびたびありました。

平松洋子
ひらまつ・ようこ●1958年、岡山県生まれ。1993年、『とっておきのタイ料理』を刊行。2006年、『買えない味』で第16回Bunkamuraドゥマゴ文学賞、2012年、『野蛮な読書』で第28回講談社エッセイ賞を受賞。 撮影/佐々木みどり

本を語り合えば親友になれる!?

 本を語るうちに、人生観や仕事観など自身の内面を深く掘り下げるような話題へ移りゆくこともしばしば。普段は見られないおふたりの素顔や本音がのぞけるのも、ファンにはうれしい。

小川洋子,平松洋子
「つい自分をさらけ出してしまう。本にはそんな作用があるのかも」(右・小川さん)「本について語り合うと、相手の生き方も見えてきますね」(左・平松さん) 撮影/佐々木みどり

平松 本について話していると、必ずその人ならではの生き方や人格が色濃く立ち上がりますね。

小川 最初は“この主人公は”と話していたのに、気づくと“私は”が主語になって、自分をさらけ出している。本にはそんな作用があるのかもしれません。だから一緒に買い物に行くとつまらない相手でも、本の話をすれば親友になれるかもしれない(笑い)。

平松 そうですね、人と通じ合う回路のひとつに、本があってもいい。

小川 それに本の場合は、自分が相手と違う感想を述べても、“そういう感じ方もあるのか”と受け止めてもらえる。少なくとも、“あなたの意見は間違っている!”と全否定される恐れはない。

平松 確かに。本って、包容力のある存在ですよね。

 “活字離れ”が言われて久しい昨今。最後に改めて、本を読む喜びとは何かをおふたりに聞いてみた。

平松 人はおのずと言葉を欲する生き物だと思うんです。小さな子が絵本を持ってきて、お母さんに“これ読んで!”とせがむ姿を見ると、いつもグッときてしまう。きっと人にとって、本を読むことは根源的な欲望なんじゃないかと思って。

小川 私は毎週1冊、本を紹介するラジオ番組をやっているのですが、中には“自分では絶対に選ばないだろう”という本が挙がってくることもあるんです。でも7年間続けてきて、“読んで損した”と思った本は1冊もない。つまらなかった本はないんです。

平松 もしつまらなくて、“読んだ時間を返せ”と思ったとしても、その感情が興味深いですよね。“なぜ自分はここまで腹が立つんだろう?”とか(笑い)。

小川 それだけの感情を呼び覚ます何かが本にはある。だから本を読むのは面白いのかもしれませんね。

小川洋子,平松洋子
『洋子さんの本棚』小川洋子・平松洋子=著/1500円/集英社


 あの『アンネの日記』をこんなふうに読むこともできるのか……! おふたりの会話を追っていくと、そんな発見や感動に何度も出あえて、30冊すべて読みたくなってしまうこと間違いなし。私はさっそく『みちのくの人形たち』を入手。これから読むのが楽しみ!

(取材・文/塚田有香)