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■介護食は決して病人食にあらず

「私はこれまで大学の栄養指導の教官もやってきて、介護食の指導もしてきましたが、どの教科書を見ても介護食というとドロドロ。食べ物の形をしていないんです。これまで過ごしてきた人生で、お年寄りの方たちは、こんなドロドロのものばかり食べていたのかしら、と疑問に思ったんです」

 こう語るのは、管理栄養士にして、これまでに出した著書280冊、累計988万部を誇る、料理研究家の村上祥子先生です。

 確かに現在の介護現場に欠かせない“とろみ剤”なんてものは、昔は見たこともなかったし、高齢者たちも、細かくしたり、剥いてあげたりの小さな手助けこそ受けていたものの、お茶請けのおまんじゅうから食後のデザートまで、家族と変わらないものを食べていたような気がします。

「だからこそ、人生の最期のほうに入ってきたら、毎日おいしいものを、食べたいように食べていただきたい。そう思って作ったのが、この本なんです」

 そんな言葉どおり、本書には主食として軟米(なんまい)、全がゆの作り方こそあるものの、主菜・副菜に“いかにも介護食”といったドロドロな料理は見当たりません。

「鶏レバーの艶煮」から「太巻き」、「焼きめし」「サバ缶の煮付け」まで、紹介されているすべてが手早くできて、しかも介護者と要介護者の双方が“おいしそう!”と感じられるものばかり。だから介護者用、要介護者用と作り分けする必要がないんです。

■37歳で18本の歯を抜き、介護食をいただく立場に

 こうした料理を考案したそもそものきっかけを、村上先生はこう言います。

「実は私、37歳のときに18本の歯を抜いて、あご骨を割り砕き、掻爬(そうは)するという手術を受けています。突然、歯がない状態になり、介護食をいただくような立場になったんです。

 そのとき、かみつぶすことはできなくても舌と上あごがあればたいがいのものは潰せるとわかりました。でも、傷口の肉がふさがってステーキを食べに行ったら、やっぱりかみ切れないし飲み込めないの(笑い)。

 そうしたこともあり、ほどよい介護食を作り、教えるのが自分の使命だと気づいたのです」

 高齢になったことで身体や口腔機能こそ衰えてはいるかもしれませんが、介護食は病人食ではないはずです。

 本書のいちばんの特徴、すなわち介護者も要介護者も一緒に同じものをいただけて、しかも、おいしく食べられる村上流介護食は、こんな実体験から生み出されたものだったのです。

『ボケない介護食。しかも、美味しい。』1200円/ブックマン社
『ボケない介護食。しかも、美味しい。』1200円/ブックマン社

■炭水化物とタンパク質をきちんと食べる

 さて、本書で繰り返し強調されているのが、ボケを防止するうえでの健康の大切さと、その健康を支える食の重要性です。

「食べることは生きること。食べないことには身体のもとを築くことができません。食べるとは、身体のなかで食べ物を分子レベルまで砕き、それをアミノ酸などの筋肉となるタンパク質に作り替えることです。これがよくできている人は、お薬など飲まなくても病気に対する抵抗力が強いんですね」

 病気による寝たきりこそボケの最大の原因。そうならないために、もっとも心がけてほしいとのが、お米や麺類などの炭水化物(糖質)をしっかり食べることだと村上先生。

「糖質制限なんていうのに惑わされてはダメですよ。人間の身体はエネルギーで動いています。エネルギーをもっとも効率よく生み出すのは糖質なんです」

 次に大切にしたいのは、意外にもタンパク質。

「野菜を食べようといいますけど、それはタンパク質をきちんと食べている人向けに言っているセリフ。炭水化物とタンパク質をきちんと食べたうえでの野菜(を食べよう)です」

 最後に、野菜は丸ごと食べることだといいます。

「丸ごと食べるための最たるものが“たまねぎ氷”や“にんたまジャム”です。細胞膜をすりつぶすため、なかに入っているアンチエイジングのためのフィトケミカル類が丸ごと吸収できるのです」

■介護される方もできる限り一緒にキッチンに

 本書でも強調されているこれら3つのポイントを意識しつつ、ときには介護者と要介護者が一緒にキッチンに立つことをすすめています。

「高度経済成長を境に、女性が料理をしなくなりました。でも、料理は脳のトレーニングになるとてもいい仕事なんです。

 ですから、“片方は安楽椅子に座り、片方はキッチンに”でなくて、ときには一緒に作っていただきたいですね」

 特別養護老人ホームに友人を見舞った母が、図らずも言った言葉を思い出します。

“ホームに入って上げ膳据え膳の生活をするようになったとたん、なぜだかあの人、ボケ始めた──”

 料理とは、段取りを考え、栄養のバランスはもちろん、季節や盛りつけ、予算のやりくりもする作業。つまりは論理をつかさどる左脳をフル活動させ、感性の右脳をも刺激してくれる。

 私たちは栄養がボケ防止の要であるということと同時に、料理の持つ、こうした脳トレ効果を見直すべきなのかもしれません。

■取材後記「著者の素顔」

「私がどれくらい生きるか見ていてください(笑い)! 私、炭水化物とお肉をよく食べるんですよ」。炭水化物と肉類の害についてお聞きして、帰ってきた答えがこれ。昨今の糖質制限や野菜至上主義にげんなりしていた肉食派としては、思わず「よくぞ言ってくださった!」。村上先生は、ご自宅も教室も実は九州。飛行機で週に何度も福岡-東京間を往復する、そのバイタリティーは、炭水化物とお肉にあるのかもしれません。

(取材・文/千羽ひとみ 撮影/齋藤周造)

〈著者プロフィール〉

むらかみ・さちこ●料理研究家、管理栄養士。母校の福岡女子大学で栄養指導実習講座を15年担当。治療食開発のなかで、電子レンジを活用すると1人分から手早く、油分控えめに作れることに着目。おいしい介護食の分野でも第一人者となる。最近では、たまねぎとにんにくの健康効果に着目して開発した“にんたまジャム”が話題に。