20150714 war japan (15)
イラクに派遣された隊員の中には女性の姿も。"もっとも有事に近い"といわれた任務だ


「隊を辞めたり、自殺者が増えるんじゃないか」

─そんな自衛官の声を聞いているのはジャーナリストの三宅勝久さんだ。20年ほど前から自衛隊を取材してきた。ある自衛官は、こんな話もしていたという。

「海外で武力行使をする覚悟がある隊員なんていない。(安保法制が成立したら)入隊希望者が減ると思うし、隊を辞めにくくなるんじゃないか」

 三宅さんは1993年、日本にとって3度目になった国連平和維持活動、国連モザンビーク活動(ONUMOZ)の現場も取材していた。

「このとき自衛隊のキャンプを1か月間取材したが、当時はマスコミにもオープンで隊員と話せた」

 モザンビークはポルトガルから独立後、反政府軍との内戦が続いたが、和平協定が成立。ONUMOZは停戦監視や武装解除の監視、選挙監視などを行った。

「装備も貧弱で、日本政府は無責任だと話していた隊員もいました」

 ただし、"こうした活動に参加するかどうかは国民が選んだこと。われわれはそれに従うだけ"と話す隊員もいたという。

「自衛隊の中でも生き残る人と死ぬ人に分かれる。隊の民主化が必要だが、それは国民が選ぶこと」

 ’99年11月には海上自衛隊の護衛艦『さわぎり』で3等海曹(当時21歳)が自殺をした。この件で、自衛隊の自殺について初の国賠訴訟が起きた。

「オープンな組織ではない自衛隊の中では、いじめや差別が先鋭化しやすい」

 自衛隊は憲法9条の下で違憲ではないかと言われてきた。旧社会党が合憲としたのは’94 年6月の、村山富市内閣のときで、隊員の労働環境に関心が寄せられたのは、その後だ。

 当時、三宅さんは「多重債務に苦しむ隊員が多い」という話も耳にしていた。『さわぎり』では上司が勝手に貯金を引き出していたこともわかった。まさに、過度なストレスがいじめに発展したのだ。

「隊員の借金問題は深刻。特に、海上自衛隊は洋上生活が長く、自由も制限される。休日に外出するしかない。酒やギャンブル、風俗にお金を使うしかない。いじめによるストレスがあれば、借金も増えてしまう」

 この事件をきっかけに、隊内でメンタルヘルスが研究されるようになった。防衛省のホームページにある『メンタルヘルス』のコーナーの中には、借金に特化したものもある。遺族サポートもある。しかし、三宅さんはこう指摘する。

「これは自己完結型のメンタルヘルスチェックで、独立したシステムがありません。自衛隊のピラミッドの一部です。(公開データが不足しているため)ストレスの原因がわからない。例えば、先輩のいじめがあって、眠れず、朝に訓練ということもある。特に護衛艦はいじめが厳しいという話を聞いています」

 自衛隊はなかなか自殺に関するデータを出さないでいたが、情報公開請求などで独自に集計し、著書『自衛隊という密室』などに掲載してきた。

「亡くなったときも死因が伏せられることが多い。きちんとしたデータを出してほしい」

 今国会ではそのデータが公表された。2013年度の自殺率(10万人あたりの自殺者)は33・7。単純比較はできないが、一般職の国家公務員の1・5倍だ。

 内訳は、’03年12月から’09年2月までのイラク特別措置法で派遣された自衛隊員は29人(陸自21人、空自8人)。’01 年11月から’10年1月までアフガニスタン戦争でのテロ特措法では25人(海自のみ)。補給支援特措法(新テロ特措法)では4人(同・うち2人はテロ特措法の参加隊員を含む)。合計で56人。公務災害と認定されたのは4人。

 こうした実態は、共産党委員長の志位和夫衆議院議員が質問で明らかにさせた。

「アメリカではイラク戦争とアフガニスタン戦争の帰還兵200万人以上のうち年間8000人、1日平均22人が自殺しています。戦死者を上回り『兵士自殺防止法』が制定されるほどの社会問題になっています」

 また、内部資料で派遣された約4000人を対象に行った心理調査があるとされ、睡眠障害などの心の不調を訴えたのはどの部隊も1割を超えて、3割を超える部隊もあるというデータをもとに質問した。

「政府は公式には派兵と自殺との因果関係について明らかにしていません。カウンセリングの詳細な資料がなかなか出てこない。きちんと国民に開示すべきです」(志位議員)

 民主党の阿部知子衆議院議員も質問主意書を出していた。自衛隊員のリスク議論の一環で出されたものだが、自殺の原因は「人事担当者等の推定」で、かつ単一回答だ。

 イラク特措法やテロ特措法だけでなく、国連の活動で派遣された自衛隊員の中でも20人が自殺している。

「洋上訓練でも自殺者がいる。船は密閉空間。陸とは違うストレスがかかります」(阿部議員)

 護衛艦『たちかぜ』では’04年10月、1等海士(享年21)が立会川駅で自殺した。遺書には上職の2等海曹を名指し、いじめを受けたことが書かれていた。

 ’08年10月、海自の特殊部隊『特別警備隊』を養成する第一術科学校(広島県江田島市)で3等海曹(享年25)が、訓練中に死亡したことが発覚。格闘訓練で15人連続の組手をしており、集団暴行が常態化していた疑いが持たれた。

「訓練中に死亡するリスクもあり、自衛隊員の命が軽んじられている。"ハードだから訓練中の死亡もしかたがない"と思われているのではないか。戦後のドイツで作られたオンブズマンのような異議申し立ての制度が必要です」(阿部議員)

 防衛省は「いじめ等の防止に関する検討委員会」を設置。だが委員は「防衛省・自衛隊関係者のみ」(阿部議員)、資料も非公表だ。自衛隊員の人権問題が改められないまま安保法制が成立すれば、海外での武力行使が想定され、新たなストレスが加わる。

 自殺や精神疾患では、医療費や休職等による経済損失が生じる。また、「家族や恋人など、愛する人が殺し、殺されることになるかもしれない」(志位議員)という新たなストレスも高まることは間違いない。


取材・文/渋井哲也 ●ジャーナリスト。自殺、自傷、依存症など、若者の生きづらさをめぐる問題に詳しい。『自殺を防ぐためのいくつかの手がかり』(河出書房新社)ほか著書多数