防衛省と財界が手を組み、若者を戦地に送り込む─。そんなおぞましい計画が国会で明らかになった。

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アメリカの意向を受けて7月、米豪合同軍事演習に自衛隊も初参加。連携強化が進む

 8月26日の参議院安全保障関連法制特別委員会で、山本太郎(生活)、辰巳孝太郎(共産)両参議院議員が暴露した『長期 自衛隊インターンシップ・プログラム(企業と提携した人材確保育成プログラム)』だ。政府の答弁によれば、’13年7月、民間企業の新入社員を自衛隊に2年間入れるという計画案を経済同友会に赴いて説明。立案のきっかけは、経済同友会の前原金一専務理事(当時)の提案だったという。

 この資料には明記されていないが、自衛隊入隊と引き換えに、奨学金(学生ローン)の返済を免除するという“アメ”が用意されている可能性が高い。というのも、翌’14年5月、過酷な取り立てに批判の声が相次ぐ奨学金に関する有識者会議で、運営評議会委員である前原氏が「(延滞者に防衛省で)1年とか2年のインターンシップをやってもらえば」と発言しているからだ。

 一方、延滞金の大幅減免を求める意見については、同年1月の会議で「それは難しい」と一蹴した。借金を膨らませて若者を貧困に追いやり、戦場に追い立てようとする腹がすけて見える。

 学生ローンの高額な返済が社会問題となっているアメリカでは、公的学生ローンは破産しても免責にならない。ただし、軍に入って危険地域へ行けば減免される。この仕組みにより大勢の若者が戦場に送られ、命を落としたり、取り返しのつかない傷を負った。日本もアメリカに倣うのか。

 もともと経済的困窮を理由に自衛隊を目指す例は少なくない。九州地方のAさん(20)も、その1人だ。地元は仕事の少ない旧炭鉱地域。サラリーマンの父は手取りで月給20万円ほど。一家6人の生活を母親がパートで支えるが、病気がちで毎日は働けない。

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防衛大には「9条があるからという前提で、みんな入ってきていた」と振り返る元防大生のAさん

「親は学資を貯めてくれていたんですが、妹の学費に使ってほしかった。それで給料をもらいながら勉強ができる防衛大学にしました」

 学費がタダのうえに月10万円あまりの給料が出るのは魅力だった。加えて、自衛官になって救助活動がしたいという気持ちもあった。土砂災害に遭って自衛隊に助けられた中2のときの原体験が忘れられなかった、と話す。

「戦争に行くかもしれないなんて思ってもいませんでした。やりたかったのは救助活動です。勧誘に来た担当の自衛官も、“憲法9条があるから戦争に行くことはないよ”と何度も言っていました」

 入校すると、金持ちの子息はほとんどいなかった。Aさんよりはるかに貧しく、親に仕送りをしている学生もいた。

「戦争になるなんて考えの学生は、まずいなかったです。純粋に大学に行きたくて来たという人ばかり」

 しかしAさんは、先輩たちから陰惨ないじめを受け、精神的苦痛から退校を余儀なくされる。

 集団的自衛権の行使容認が閣議決定され、安保法案が審議入りしたのは、その後のことだった。中谷元防衛相の発言にAさんは驚きを隠さない。

「リスクが増大しない、後方支援が危なくないと言うなんて……。(防衛大では)後方支援がもっとも危険だと習いました。自衛官になった同期生たちは悩んでいると思う。戦争はないと言われて入ったのに、まるで詐欺です」

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ちぐはぐな対応、あいまいな国会答弁が目立つ中谷防衛相(右)、岸田外相

 現職幹部の1等空尉・Bさん(50代)は言う。

「僕の周りの隊員はみんな辞めたがっています。そして独身者や若い者から次々に辞めています。戦争やるために入った者などいません」

 しかし、一方で辞められない人たちがいる。

「30歳から40代前半の世代で“曹”という階級の隊員。いわば中間管理職のクラスです。家庭がある。住宅ローンもある。自衛隊を辞めても働くところなどありません」

 経済的理由から辞められない彼らは、“経済的徴兵”されているも同然だというのだ。

 隊員の間では「もし死んでも住宅ローンは保険で完済される」と、戦死を想定した声も出ているという。もっとも本当に完済されるのかは疑問だ。防衛省共済組合のやっている住宅ローンには、日本生命の団体信用生命保険がついている。債務者が死亡したり、高度の障害を負った場合は残債務を保険で弁済するという保険だ。しかし保険約款に免責条項がある。4項の「戦乱その他の変乱」がそれだ。

 自衛官が海外派遣先で戦闘や攻撃によって死亡した場合は、保険適用になるのか?

 筆者の問い合わせに共済組合の担当者は「法案が成立しないとわからない」と口を濁し、日本生命の相談窓口は「おそらく出ませんね」と回答した。

 少なくとも紛争地に派遣された自衛官が死亡した場合、確実に出る保証はなさそうだ。家族のため、ローンのために危険な任務に赴いた結果、命を落とし、残された者は稼ぎ手も住まいも失ってしまうとすれば悲惨だ。安倍政権がこのような経済的「リスク」を検討した形跡はない。

政府が徴兵制を否定する真意とは

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南スーダンPKOで地元の子どもと道路のゴミを拾う自衛隊員。防衛省はここでの駆けつけ警護を検討している

「徴兵制は憲法の制約上、ないと政府は言っています。僕もそう思いますが理由は違う」

 前出のBさんが興味ぶかい話をしてくれた。徴兵制は確かに憲法違反だが、政府が否定する真意は別のところにあるというのだ。

「徴兵制がありえない理由として、自民党の佐藤正久議員は“現代戦では高性能の兵器やシステムを使いこなすことが求められる。高校や大学を出て入隊した若者がこうした域に達するにはだいたい10年かかる”と専門性を挙げています。しかし専門技術を持つ隊員は一部。自衛隊の仕事の大半は雑用みたいなもので、人手が必要です」

 それでも徴兵制に否定的な発言をするのは、ほかでもない、「自分が行きたくないから」だとBさんは言う。

「安保法案に賛成しているのは、幕僚監部の高級幹部、政治家、官界財界の幹部など、自分や子どもや孫は絶対に行かないと思っている連中。徴兵をやると言えば、彼らの支持を失うと政府もわかっているからです」

 経済的徴兵と違い、徴兵制となれば対象は貧困層だけに限らない。高級官僚や政治家の子息も戦場へ。“女性活用”される可能性もあるだろう。

 安保法案の議論が始まって以降、リクルートに苦労する様子が伝わってくる。九州地方のある女性は、体力のない、声も出せないような若者が自衛隊に入ったと聞き意外に思った。勧誘した自衛官は「ノルマがある。大変だ」とこぼしていたそうだ。法案が成立すれば人手不足がさらに深刻化するのは間違いない。

 Bさんはこう警告する。

「自衛隊に実戦に耐えるだけの力はない。射撃をしても当たらない。口でパンパンと銃撃音を出す程度の訓練。そんなので実戦に出れば死者が続出しますよ。自殺も多発して悲惨なことになるでしょう。だから経済的に問題がない隊員はどんどん辞める。そうすれば、次は憲兵隊の復活だとみんな言っています。辞めないよう監視するためにです」

 物言えば唇寒しだった暗い時代の足音を肌で感じ、“戦争法案”の廃案を切実に願っているのは、経済的徴兵された自衛官と家族たちに違いない。


取材・文/三宅勝久 ジャーナリスト。自衛隊のいじめや自殺、学生ローンと化した奨学金問題などを追及している。『自衛隊員が泣いている――壊れゆく“兵士”の命と心』(花伝社)ほか著書多数