■子どものつぶやきが学校犬誕生のきっかけ

 教育現場で、動物を介して命の大切さや他者への思いやり、自然環境に対する興味と配慮を育むという「動物介在教育」。これを2003年に日本で最初に導入したのが、東京・杉並にある立教女学院小学校の吉田太郎先生です。始めるきっかけは、不登校だった生徒さんの「学校に犬がいたら、楽しいだろうな」というひと言だったそう。

「私は子どものころから学校は楽しい場所だと思っていたのですが、学校に行くのがつらい人もいる、というのをその子に教えられたんです。もし学校へ来ても、保健室で過ごす子もいる、図書室で本を読む子もいる、心を開ける先生だけには話ができるという子もいます。それに加えて動物介在教育があったら、選択肢が広がるんじゃないかなと思ったんです」

 しかし、どこもやっていないことを始めるのは大変。そして学校犬とはいっても、学校にずっと置かれていると、犬は不安になって人を噛んでしまうようになる場合があるので、誰かが家に連れて帰り、世話をしないといけない。ということで……

「まず最初は、妻の説得でした。犬を探してきて、最終的に学校犬がダメになったらどうするの、とも言われたんですが、そうなったら自分で飼えばいいかなと」

 奥様の説得後、教職員、保護者の方への説明を経て迎え入れられたのが、メスのエアデール・テリアの「バディ」(英語で“相棒”という意味)でした。その導入を決断したのが、当時校長だった杉岡靖子先生だったのですが、実は大の犬嫌いだったそう! しかし1年後には杉岡先生もバディに触れるようになったそうで、おとなしくしているところを毎日見ていたら、触ってみようかなという気持ちになったといいます。

 エアデール・テリアは大型の狩猟犬で、体重は20キロほどあり、入学したての小学1年生よりも大きい、ヨーロッパでは警察犬としても働く犬種です。吉田先生は毎朝自宅からバディとともに登校、1日を学校で過ごし、一緒に帰宅する生活となります。学校には、お世話係の“バディ・ウォーカー”という生徒がいて、犬の部屋“バディ・ルーム”があり、バディは子どもたちの仲間として活動。その後、バディが産んだリンク、東日本大震災で被災した福島からやって来たウィルとブレスも学校犬となります。

「バディたちは、一歩踏み出す勇気や、折れかかった心を励まして、多くの人にさまざまなきっかけを与えてくれたんです。杉岡先生もそうですし、犬にアレルギーのある子も、家では飼えないからバディ・ウォーカーになりたいと言って、ゴーグルにマスク、手袋までして世話をしてくれることもありました」

 しかし、今年1月にバディが亡くなり、子どものリンクも後を追うように3月に突然亡くなってしまいました。吉田先生は、これをひとつの区切りとして、これまでの歩みを本書にまとめ、「バディという犬の生きた証を形にできました」と言います。

【写真】イングリッシュセッターの「ウィル」(左)と、ジャーマンポインターの雑種で「ブレス」。オスの老犬のウィルは人間が大好きでおっとりタイプ、ブレスは元気いっぱいの女の子でマイペース。吉田さんと一緒に写真を撮ろうとすると、ウィルはまったりのんびり、一方のブレスはあっちを向いたりこっちを向いたり、最後は伏せをしたかと思ったら、そのままゴロ~ンと横になってしまいました!
【写真】イングリッシュセッターの「ウィル」(左)と、ジャーマンポインターの雑種で「ブレス」。オスの老犬のウィルは人間が大好きでおっとりタイプ、ブレスは元気いっぱいの女の子でマイペース。吉田さんと一緒に写真を撮ろうとすると、ウィルはまったりのんびり、一方のブレスはあっちを向いたりこっちを向いたり、最後は伏せをしたかと思ったら、そのままゴロ~ンと横になってしまいました!

■“目に見えないもの”が大事

「これまで12年間“動物介在教育”をやってきて、大きく変わったのは生徒や保護者の方の意識ですね。1度、ブレスが生徒の手を噛んでケガをさせてしまったことがあったんです。でも保護者の方は“ウチの子が無理やりやったんでしょう”と理解してくれて、生徒も“失敗しちゃった”と言ってくれたんです」

 聖書の教えを生徒に教える吉田先生は、以前から“目に見えないものが大事”という教育を続けてきたそうですが、学校犬がいることで“見えないもの”が何か伝わるようになったと感じているそうです。

「聖書にこう書いてあるからそうしましょう、と言ってもなかなか伝わりづらいんですね。でも、言葉が伝わらない犬が学校にいることで、言葉ではなく自分の思いを伝えていく、それには目に見えないものが大事なんだということが伝わるようになりました。恩師には“動物介在教育こそキリスト教教育の延長線上にあることだよ”と言ってもらえました。

 そして、動物介在教育が成功したことによって、“子どもにとって楽しいものを大事にする”ということが保護者の方に伝わり、学校で何か新しいことをしようとすると、積極的に協力していただけるようになりました」

 今年度からバディのいない動物介在教育となりましたが、バディ・ウォーカーとバディ・ルームという名前は生徒たちから残したいという意見があり、今も初代学校犬バディは仲間として、学校と子どもたちを見守り続けています。

 本書にはカラーページがたくさんあり、バディたちの写真も満載。また小学4年生までに習う漢字以外にはふりがなもついているので、お子さんと一緒に読んで、意欲と好奇心を持ってもらえたら、と先生。

「子どもにとっていちばん大事なのは“意欲”です。好奇心があって、意欲を持ち続けられる子は自然と勉強ができるようになりますし、何でもできるようになります。お子さんがやりたいと言うことを、大事に育ててあげてほしいですね」

『ありがとう。バディ 学校犬、その一生の物語』1400円/セブン&アイ出版
『ありがとう。バディ 学校犬、その一生の物語』1400円/セブン&アイ出版

■取材後記

 新たな学校犬として、バディとリンクと同じ犬種「エアデール・テリア」を探しているという吉田さん。バディと同じドイツ系の出身で、できたら同じ血筋の犬がいいと全国各地を探していたそうですが、このたび、3代目の学校犬が決まったとか! 詳細は、ブログで報告をしていくそうです。

(取材・文/成田 全 撮影/齋藤週造)

〈著者プロフィール〉

よしだ・たろう 立教女学院小学校教頭。1973年京都府生まれ。同志社大学神学部卒業。同大学院歴史神学専攻修士課程修了。'99年立教女学院小学校教諭(宗教主任)となり、2003年から日本初の試みである「動物介在教育」を始める。著書に『子どもたちの仲間 学校犬「バディ」』がある。

ブログ「動物介在教育の試み」http://blog.livedoor.jp/schooldog/