■実話もかなり含まれている

 本格推理小説から、少年少女を主人公とした青春ミステリー、働く女性を描いたお仕事小説や心温まる家族小説まで、作品ごとに違ったテイストで読者を楽しませてくれる辻村深月さん。新作短篇集『きのうの影踏み』では、初めての本格怪談に挑戦している。

 怖くて仕方ないのに、なぜか惹かれてしまう。それが怪談の不思議なところだ。辻村さんは怪談の魅力をこんなふうに分析する。

「怪談話は短くて切れ味が鋭いものが多いので、読んでいて胸がすく思いがしますよね。それにミステリーや一般小説なら“これはこういうことでした”と説明する場面でも、怪談ははっきりした結論を出さない。つまり結論は読者にゆだねられる。読んでいて“えっ、結局どっちだったの!?”となることも多いんですが、だからこそ自由に想像ができて面白い。

 それに怪談はホラーと違い、ただ人を怖がらせたり、恐怖を与えたりすることだけが目的ではないと思うんです。誰かの日常の中にふと入り込んでくるような違和感こそが、怪談なのだと私は考えています。だから今回の本には、読み手によっては“これってエッセー?”と思われるくらい、私の日常が溶け込んだお話もいくつも入れてあります」

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 確かに今回収録された短篇は、語り手と辻村さん自身を重ねたくなるものが多い。

 先輩作家のもとに奇妙な手紙が届いた話を聞いた女性作家が、自分にも同じ手紙が届いたことを思い出す『手紙の主』。出産のために里帰りした女性作家が、近所に住む怪しい占い師の噂を聞く『私の町の占い師』。幼い息子が突然、不思議な言葉を口にするようになる『だまだまマーク』。

 どれも小説家であり、息子を持つ母親でもある辻村さんを連想させる要素が満載だが、実話の部分もかなり含まれているという。

「今回収録した短篇は、“怪談実話系”という書き下ろし文庫シリーズに書かせてもらった話が多いんです。だからまったくのゼロから築き上げた話はほとんどなくて、実際に私が体験したことだったり、夢で見たことだったりと、普段の生活の中で種を見つけた話ばかり。

 例えば『手紙の主』も、私が先輩作家さんとの雑談で、“こんな手紙が来たことがある”と相手の方が語るのを聞いて、“私も同じ手紙をもらったことがある”と思い出した体験から生まれました。

『私の町の占い師』に出てくる、私の直木賞受賞を言い当てた方も実在しますし、“怪談は大好きだけど占いはあまり信じない”という語り手のスタンスも私自身のもの。

『だまだまマーク』も、本当に息子がこの言葉を口にしたんですよ。今は少し大きくなったので、“『だまだまマーク』って何だったの?”と聞いたら、“うん、『ドアドアマーク』もあるよ”と言われて、謎がますます増えてしまいましたが(笑い)」

■読者から届いた一通の手紙

 また、最後に収録された『七つのカップ』については、こんなエピソードも。

「この短篇を雑誌に発表した後、読者からお手紙をいただいたんです。60代の女性からで、“この話は本当にあったことなのでしょうか”と書かれていた。

 その方もこの話に登場する女性と同様、息子さんを事故で亡くされて、何度も後を追おうと考えたそうです。そんな時に私の怪談を読んだら、幽霊が誰かを道連れにして人の命を奪う存在ではなく、むしろ人を救おうとする存在として描かれていた。“それで私も、息子をそんなふうに思っていいのかなと考えるようになりました”と綴られていました。

 その手紙を読んで、私が怪談に求めていたのは、きっとこういうことなのだと実感したんです。死や喪失によって恐怖を与えるのではなく、先に逝ってしまった人、残された人の思いに寄り添うのが怪談なのだと。

 だからこそ長く人に愛され、必要とされてきた。この方も私という作者が書いたものを超えて、その先にある息子さんの思いに触れてくださったんじゃないでしょうか。登場人物たちの気持ちを一番わかってくださるのは、もしかしたら作者の私ではなく、読者の方たちなのかもしれませんね」

 この本のタイトルを『きのうの影踏み』としたのは、自分は今日ここに生きているけれど、ひょっとしたら昨日のうちに何かが起こっていて、すでに自分は不思議な世界に入り込んでいるのかもしれないというところから。そんな日常に落とし穴があくような感覚を、ぜひ味わってもらいたいですね」

■取材後記「著者の素顔」

 4歳の息子さんがいるママでもあり、現在、第2子を妊娠中の辻村さん。

「長男を出産する時は、母親になったら気持ちがやさしくなってホラーやサスペンスは書けなくなるんじゃないかと思っていたんですが、何も変わらなかった(笑い)。ゾンビ映画とか今でも大好きで、子どもを寝かしつけた後に見たりします」

 ちなみに、取材当日に着ていたワンピースには、なんと青山墓地のプリントが。辻村さんの“怖いもの好き”を改めて実感!

(取材・文/塚田有香 撮影/斎藤周造)

〈著者プロフィール〉

つじむら・みづき ●1980年生まれ。2004年、『冷たい校舎の時は止まる』で第31回メフィスト賞を受賞し、デビュー。2011年、『ツナグ』で第32回吉川英治文学新人賞受賞。2011年、『鍵のない夢を見る』で第147回直木賞受賞。『ふちなしのかがみ』『本日は大安なり』『朝が来る』など著書多数。