アコギ(アコースティックギター)、今彼(元カレに対し、現在の彼)、おそろ(おそろい)、ガン見(凝視)、ディスる(侮辱する)、ダダ漏れ(情報の漏洩など)……。

 これらはすべて、2014年出版の最新版『三省堂国語辞典』に“新顔”として掲載された俗語の一部。見慣れない省略語に驚いた人が多いのではないか。

 人々が口にする言葉は、時代の中で移り変わる。最初はただのネット用語や若者言葉でも、社会に定着し、広く使われるようになれば、立派な“一般語”として辞書に掲載される可能性があるのだ。

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「昔は新版へ改訂するまでに10年かけていましたが、今はそんな悠長なことを言っていられなくなりました。約5年のスパンで改訂しなければ、世の中のスピードについていけません」

 そう語るのは日本語学者で、『三省堂国語辞典』(以下、三国)の編纂者として活躍する飯間浩明さん。

「辞書に掲載される言葉は全部で約8万語。そのうち、改訂時に新しく加えるのは約4000語。死語として削るのは数百語です。『三国』は、現代の視点から言葉を集める方針。俗語も約5年~10年間死語にならず、社会に定着していれば掲載します。一部の若者だけでなく幅広い層で使われていることが条件です」

 新語の認知度を調べ、判断する。そのさじ加減が難しいという。

「昔は、活字メディア3種類から1例ずつ見つかれば、掲載するというシンプルな基準でしたが、今はインターネット検索が欠かせない。例えば、“しくよろ”の認知度を調べるなら、“よろしく”など類似語も比較対象として検索し、使用頻度の多さを判断します」

 採用されにくいのは性的表現と人を傷つける言葉。数年前の候補“脂ギッシュ”は、悪口に近いという理由で不採用になったとか。

 新語として採用するか否か、辞書掲載の厳しいオーディションにかけられる言葉は一体、どこから選び出されているのか。

「新聞、雑誌、テレビ番組、インターネット、SNSはもちろん、バスの中で学生が話している言葉にも聞き耳を立て、気になる言葉はメモしたり、写真に撮ってストックしたりします」

 飯間さんは、改訂時までの5年間で約1万数千語を掲載候補として採集。そのうち、編集会議にあげるのは数千語。将来的に定着の見込みがある言葉については、1度不採用になっても観察を続けるという。貪欲に採集を続けても高い競争率の中で多くが“不採用語”となる。しかし、味わい深いものが少なくないと飯間さん。そこで、惜しくも不採用となった俗語をいくつか紹介してもらった。

【脚色(あしいろ)】

「『週刊大衆』の競馬記事に《ゴール前は勝ち馬と脚色が同じになってしまったのも気がかり》とあり、気になって採集しました。脚色とは、馬の走りっぷりのことらしい。これはおもしろい! と思いましたが、不採用。編集会議で“細かすぎる。競馬辞典じゃないんだから”と指摘を受けました(笑い)。競馬好きの人が一般人に説明するとき“アノ馬は脚色がよくてね、つまり、走りっぷりがよくてね”と必ず説明してくれる。ならば、辞書に載せなくても大丈夫だろうと……」

 運動会の駆けっこで、親が口々に「アノ子の脚色いいね~」なんて言い出せば辞書に脚色が採用されるのも夢じゃないかも!?

【手タレ(て・たれ)】

「2009年、『週刊文春』の連載コミックエッセー『人生モグラたたき!』(池田暁子)の挿絵の中に小さく書いてあった《世の中には「白魚のような手」の人もいますが、「手タレ」さんとか》を採集しました。これは、“手だけのタレント(パーツモデル)”のこと。昔から使われていますが、手タレを採用するなら、脚タレ、耳タレも入れなきゃならない。しかし、それらの類似語はまだ目立って使われていません。2~3年後に手タレブームが起こり、手タレをしている女性が主人公のドラマや漫画が大ヒットして“将来の夢は手タレです”という人が出てくれば、掲載の可能性もあります」

【タヒる(たひる)】

「2011年、『日本美容教育センター』に文章を寄稿したときに挿絵イラストを描いてくださった人が《風邪、長引いてー、まじ、タヒルー》と書いていて、採集しました」

 挿絵内の文字にまで注目しているの!? と驚いてしまうが、「いや、パッとイラストに書くほど、すぐに思いつく俗語だったわけですよね。しかし5年たった今は、そこまで使われていないかもしれません。もう少し様子をみるつもりです」

【V振り(ぶい・ふり)】

「テレビ番組などでスタジオにいるレポーターが、“私が現地で取材しました。それではVTRをご覧ください!”と紹介することを、“V振り”といいます。これは業界用語ですが、バラエティー番組の放送中に何の説明もなく「V振りお願いします」と言うタレントさんがいたので、採集。業界用語がたまたま放送された可能性もありますが、最初は仲間内の言葉でも、全国放送で普通に使うようになれば、一般に広まっているという見方ができる」

【ステショ】

「雑誌『セブンティーン』に〈ステショもインテリアものも、充実しまくり〉と書いてあり、採集。別の雑誌でも同じ言葉を見かけました。これはステーショナリー(文房具)の略語。ただ、日常会話ではあまり使われない雑誌特有の“方言”かもしれません」

 特定の雑誌が使っているだけで、たいして流行らずに終わる言葉も多く、扱いが難しいとか。

「雑誌『25ansヴァンサンカン』が積極的に使っていた、“エレガントな”を意味する『エレな』も過去に採集しましたが、こちらも認知度が低く、不採用。

 ちなみに省略語は、『メルアド』など4音が主流でしたが、少し前から『メアド』などの3音ブームに変わりました。今、注目しているのは、『ノミホ』(飲み放題)。それから『カロメ』(カロリーメイト)ですね」

【キョロ充(キョロじゅう)】

「これは、もうすでに辞書に掲載された『リア充(実生活が充実していること)』の派生語。毎日新聞に、《大学の入学シーズンに、友達ができず、きょろきょろと知り合いを探す人をキョロ充と呼ぶ》という主旨の文がありました。最新版の辞書を出した2014年1月以降に採集したものなので、数年後に定着してるかどうか、楽しみです」

 若い女性のファッション誌、新聞、週刊誌、ドラマの台詞や街中のポスターの文言に至るまでチェックを欠かさない飯間さん。身体がいくつあっても足りない気もするが、ネコの手でも借りているのだろうか。

「採集は活字メディアが中心。全媒体に目を通すことは人間業ではできません。だから今日は『週刊女性』かな、明日は『non-no』かなと、気まぐれで選ぶことが、結果的にいろんな活字媒体を網羅することにつながっていますね」

 言葉への柔軟な姿勢を重視し、その変遷を受け入れる“編む人”は、こんなことを楽しみにしているという。

「まだ観察対象ですが、“おこ(激おこ)”は、将来の版では採用されるんじゃないかと思っています。私がひそかに予想しているのは、そのうち“激怒”という言葉が古くなり、誰もが“普通は激おこじゃない?”という日が来ること(笑い)。すると、“激おこ”の欄に“もとは激怒と言った”と注釈が書かれるでしょうね」

 熱視線を送る候補語はほかにも!

「“ラスボス(ゲームなどで最後に登場する敵)”は、前回の編集会議でかなり話し合いましたが、不採用だった。でも、もう今は一般語化しています。企業間の交渉が行われるとき、“あの人がラスボスだから”という話が出るそうで、定着してきているんじゃないかと。昨年末の紅白でも小林幸子さんが“ラスボス”という愛称で紹介されましたね。これは昔の“真打ち”にかわる新語でしょうか」

 毎年、膨大な数の新語が生まれ、一方で死語となり消えいくものも。その変化を歓迎し、寄り添うのが辞書編纂者の仕事なのだ。

「どの時代にも必ず一定数、俗語が存在します。社会の変化、人々の意識の変化に応じて生まれる俗語は“若芽”が育っている証拠。言葉の世界にも新陳代謝が必要なんですよ」