昨年8月28日、『安保法制に反対する海外在住者/関係者の会』(以下、OVERSEAs)という市民団体が設立された。

 発起人のひとりである中溝ゆきさんは、'14年に帰国するまでの23年間をアメリカで暮らした。市民運動に携わるきっかけは'11年3月の福島第一原発の爆発事故だ。

「安全を強調する日本の報道と危険を警告するアメリカの報道との違いに驚きました。さらに直後、住んでいたカリフォルニア州のサンオノフレ原発が放射能漏れを起こし'12年1月から運転停止になると、多くの市民が“第2のフクシマになる”と、原発を稼働するエジソン社と幾度も交渉を重ねました。

 私も福島の現状報告をするなどで参画し、'13年6月、会社は廃炉を決定しました。市民の力もすごいし、その批判と対峙する企業もまっとうだと実感しました」

 ところが'14年に帰国すると、国会では特定秘密保護法や安保関連法が次々と可決されている。どんなに反対運動が起こっても耳を傾けない政府。

「安倍首相は米軍艦船に在留邦人が保護されると説明しますが、アメリカの知人は“米艦に日本人が乗れるわけがない。こんなウソがなぜ通るの?”と驚きました。マスコミもそれを伝えない。

 日本が戦争をしたら、テロの対象は私たち約130万人の海外在住者です。そこで、海外在住者の視点で安保問題を伝えようと『OVERSEAs』をネットで立ち上げたんです」

 反響はすごかった。立ち上げから2週間で84か国の約1200人からメッセージが届いたのだ。その一部を紹介しよう(要約)。

●「イタリアで日系企業に勤めていますが、ジャーナリストの後藤健二さんらの殺害後、会社のロゴが入り口から撤去されました。またヨーロッパでは日本人学校のホームページが公開停止されました。安保法案が通れば、日本はアメリカと一緒に攻撃してくる国とみなされ、日本人はテロの対象になります」

●「2000年から2年間中央アフリカ共和国に在住。'01年にクーデター未遂で裏庭にロケット弾が、家に30発の銃弾が撃ち込まれました。すべての住民と外国人が2週間外出できませんでした。

 こんな経験をすると、自衛隊の邦人保護は何を示すかわかりません。海外にいると、マクドナルドなどアメリカ企業の店や建物には近づくなと言われます。軍事力が強い国は標的になり、9・11のテロでアメリカで多くの命が奪われました」

 こんなこともあった。

 安倍政権の武器輸出解禁がアメリカのマスコミで報道されると、ニューヨークのインターナショナルスクールに通う小学校1年生の日本人男子が級友に「弱い国のくせに!」と突き倒されたのだ。本人も親も心に深い傷を負った。

 もちろん暴力はいけないが、日本が攻撃的な国になることは、日本人が敵視される土壌を生み出すことを示唆した事件だった。

 これらのメッセージを受けて中溝さんが再確認できたのは、正しい情報を伝える大切さだ。原発問題や安保法制については欧米のメディアこそが正しく伝え、その情報を在留邦人こそがつかんでいる。

 中溝さんはいま、これら在留邦人を通して日本に情報提供を行うシステム作りを模索中だ。

 また、JIM-NETやJVCも昨年7月に『非戦NGOネット』を結成し、NGOの立場から安保法に反対する講演や情報発信などの活動を進めている。

 憲法改正は日本を軍事国へと導くかもしれない。そのとき、犠牲者になる恐れがある海外在住者の声にぜひ耳を傾けてほしい。

取材・文/樫田秀樹(ジャーナリスト)