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 東日本大震災から間もなく5年の節目を迎える被災地では、風化がとめどなく進む一方、いまだ多くの人が避難生活を強いられているのが現状だ。「3・11その後」を懸命に生き抜く人々の姿を追った。

 JR白河駅の近くの飲食店。定休日の月曜日には、子どもたちが店内で学校の宿題をしたり、ゲームをしたりして楽しんでいる。しばらくすると、食事が用意される。野菜は地元の農家から分けてもらっている。

 この『子ども食堂「おいしい塾 たべよ・まなぼ」』は、無料で食事と勉強をサポートする場だ。口コミで知った子どもたちが居場所にしている。

 運営するのは非営利の任意団体『KAKE COMI』。代表は鴻巣麻里香さん(36)だ。オランダ人の母親と日本人の父親を持ち、幼いころはハーフということでいじめられた経験もある。

 カウンセラーや精神保健福祉士の資格を持つ鴻巣さんは、震災当時、茨城県の精神科病院で働いていた。翌年から福島県で仕事がしたいと思い、白河市にある『ふくしま心のケアセンター 県南方部センター』に勤務した。

「流されるように白河にやって来ました。住んでみたらユニークで、土地に対する愛着も深い」

 白河市は津波被害のあった沿岸部でもなく、原発事故で補償が出るエリアでもない。中通りの南部に位置する。すぐ隣は栃木県だ。東京電力・福島第一原発からは約80~100キロの間。不安を抱く市民もいた。

 市の生活環境課によると2月15日現在、340世帯、748人の避難者(津波か原発事故かの理由は問わず)が住んでいる。心のケアセンターで鴻巣さんは、そうした被災者の支援をしていた。

「避難者でなければセンターではケアの対象外。医療関係者も疲弊していました」

 一方、鴻巣さん個人にも大きな変化があった。震災後に離婚。脳腫瘍の手術もした。さまざまな体験を経て、たどり着いたのがKAKE COMIだ。避難者か自主避難者か、地元の人かどうかは関係なく、地域に根ざした活動をしたかった。

「地域に居場所がない子どもたちや孤立している人たちの安全地帯を作るプロジェクトです」

 子ども食堂の運営費は寄付金のほか、クラウドファンディング(インターネットでプレゼンテーションをして寄付を集めること)で捻出している。

 また、こころの悩み相談室も開設している。震災をきっかけに、もともとあった家族関係のゆがみが出てきたケースや、DVの話も耳にするという。そんな白河市だが、震災支援がほとんどない中で「はっきりとしない」不安が渦巻く。

「同じ県内でも、白河など内陸の震災被害は話題になりません。放射能や被ばくに関する価値観も多様です。どんな価値観を持っていても生きやすいと感じられる取り組みをしたい」

取材・文/渋井哲也(ジャーナリスト)