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 東京郊外にある国立市。ヘルパー派遣事業を行う『コスモス国立』では、人形を使っての、痰の吸引の研修が行われていた。本来は看護師でなければできない医療行為。それが研修を受けたヘルパーでも可能になったのは最近のことだ。

「医療費を抑えるために高齢者の入院期間がどんどん短くなり、在宅介護へどんどん流れてきています。(末期患者の看護など)ターミナルケアが必要な人も増えている。痰の吸引も、訪問看護としてやると医療費がかさむからヘルパーにやらせて、安くあげようという考えです」

 そう話すのは管理者の服部文恵さん(63)。痰の吸引は、危険を伴ううえに何度も研修を受けねばならず、研修費もかかることから嫌がる事業所も多いという。

「それでなくても介護事業所は人手不足。新規の話が来ても、派遣するヘルパーがいないので受けられないケースもけっこうある。生活援助から医療行為までヘルパーにかかる負担は増加し、その専門性は高度化していますが、一方で介護報酬は下げ続けられています」(服部さん)

 介護サービスの公定価格『介護報酬』が大幅に引き下げられたのは昨年4月。この影響を受けてか、老人福祉・介護事業者の倒産が相次いでいる。東京商工リサーチの調査によれば、'15年だけで前年比の4割増、76件を記録するなど過去最高に。

 小規模の、通所・短期入所介護などを行うデイサービスや訪問看護からつぶれ始めている。そこへ追い打ちをかけたのが'15年4月からの介護保険法改正だ。

 介護保険では、介護を必要とする程度の区分を軽度なものから要支援1・2、要介護1~5と認定している。

 このうち要支援1・2の訪問介護、通所介護が介護保険サービスからはずされ、'17年までに市町村が行う『介護予防・日常生活支援総合事業』(総合事業)という新制度に段階的に移行される。

 '17年4月には全国の自治体で開始するが、厚生労働省によると'15年10月1日時点で、すでに全国11都道府県63市町村で先行スタート。国立市もそのひとつだ。コスモス国立では、すでに総合事業の影響が出始めているという。

「要支援1・2の利用者が40名ほどいますが、1年かけて、今までどおり介護保険サービスの枠内に該当すると認められた方は3、4人だけ。入浴が困難など身体介助を必要とするケースのみで非常に少ない。それ以外の方は、総合事業へ移行することになりました」(服部さん)

 従来に比べ“緩和した基準による訪問型サービス”を受けることに変わった。

「ヘルパーが利用者のもとへ訪問し、一緒に掃除や調理などを行う『生活援助』が1回1時間以上から45分以上に短縮され、事業所に入る介護報酬の単価もかなり下がりました」(服部さん)

 それでもサービスの質を下げるわけにはいかない。時間が減ってもケアの内容は変えなかったので「事業所の負担が増しています」と服部さん。

 また、コスモス国立で最年少ヘルパーの佐伯さやかさん(27)はこう気にかける。

「総合事業になって利用者と話す時間が減った。困り事や体調を尋ねるときも、作業しながらでないと時間内に終わらない。(利用者は)もっとお話ししたいんじゃないかな」

 さらに国立市では、一定の研修受講を条件に、無資格者による生活援助も計画。

「生活援助は単なる家事代行ではありません。ヘルパーが利用者とコミュニケーションをとりながら、一緒に掃除や調理をすることで健康状態を観察し、介護状態になることや病気の悪化を予防する。

 つまり自立支援が趣旨。要支援1・2には軽度の認知症を持つ方も少なくない。ヘルパーとしての専門知識と経験に裏打ちされたスキルがなければ、とうてい対応できません」(服部さん)

 同市は昨年4月から総合事業への移行を始めたが、市の健康福祉部によれば、研修の内容・期間ともに依然定まっていないという。

「住民一体となって高齢者を支えていこうという理念はわかりますが、それは表向きで、実際は予算の削減が大命題。 利用者にしてみれば、どこの誰か、どういう経歴かわからない人を家に入れることになりますし、研修を受けた人を所属させて派遣するとなると、事業所としての責任も生じる。リスク管理を考えると怖くてできないですね」(服部さん)