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 人肉を噛みちぎり、貪り食う……。クマはここまで恐ろしい動物であったのか? 5月下旬以降、秋田県鹿角市でクマに“殺害”された遺体の中には、臓器を引きずり出されたものもあった。

「日本中の山にはクマが生息していることを意識したうえで、山に行く人は行くべき」

 東京農工大学の小池伸介准教授が改めて指摘する、列島各地にクマがいる現実。その怖さにぞっとする大惨事や目撃談が相次いでいる。

 先月から今月にかけ、秋田県の山中で4人の男女がツキノワグマに襲われ落命した。

 秋田県鹿角警察署は、すさまじい惨状をこう伝える。

「4人とも外因性の失血死で、顔には身元確認ができないほどの損傷がありました。一部の器官が外に出ていたり、胸部や腹部に食べられたような跡がある遺体も……」

 後日、地元の猟友会が仕留めたツキノワグマ(6歳メス、体長130センチ、体重70キロ)の胃の中には、人体の一部が残っていたという。

 今年上半期のクマの目撃情報は、福島では前年より59件増加し110件、青森では71件で過去10年で最多だった2014年の約1.7倍、岩手は、5月だけで昨年同期の約1.5倍の434件。全国規模で出没情報が増えている。

 秋田で“人食い熊”が捜索されていたころ島根では鮎釣り中の男性がクマに襲撃された。

「顔面をひっかかれ左手首と左小指を噛みつかれました」(島根県警浜田警察署)

 福島では電気工事作業中の男性が被害に遭った。

「爆竹を鳴らしてもクマは向かってきたそうです。右腕の手首からひじのあたりを噛まれ骨折しました」(会津若松署)

 ツキノワグマの生態に詳しいプロ・ナチュラリストの佐々木洋さんは、

「植物性のものをよく食べる動物なので、食べるために人間を襲うことはあまりない」

 しかし、人間とクマが不意に出くわせば互いに驚く。“人食い熊”が出現した状況もまさにそこにあると、埼玉県秩父市の猟友会会長、小池武夫さん(64)は指摘する。

「びっくりすると同時に興奮状態に陥る。過剰な防衛本能が働いた結果だと思います」

 秩父でも最近、クマの目撃情報が相次いでいるという。

 同市荒川地区。緑が豊富で山も近く住宅街のゴミ捨て場の看板には〈クマ注意〉。クマの目撃者を探し歩くと、勤務先の美容室の入り口付近でクマが闊歩しているのを見かけた女性や屋外のゴミを食い荒らされた男性に出会った。

 蜂蜜を作っている71歳の男性は「巣箱5箱分の蜂蜜が、ひと晩で食べられた」。

 40年前、同市の猟友会でリーダーを務めていた中井吉信さん(81)はクマに襲われた恐怖の瞬間を、今も忘れない。

「2時間ぐらい足の震えが止まらなかったよ」

 正月明け1月7日、狩猟に出かけたところ木の穴で寝ていたクマを見つけたという。

「イビキをかいていたよ。木の枝でついたら、大きな声で吠え出して、暴れ始めたんだ。猟銃で撃ったけど、急所ははずれて下あごに命中した。傷口から血を流しながら、牙をむき出しにして襲いかかってきた。しばらくしたら逃げていったけど……、あのとき向かってこられたらダメだった」

 神奈川県のJR相模湖駅周辺でも、これまで確認されたことがないクマが最近、人間の生活圏に出没した。

「5月28日の夜9時8分。業務を終えて店内でテレビを見始めたところだったんです」

 そう話し始めるのは、クマに襲撃された飲食店「ラーメンセンター」の齋藤雄治店長。

「突然、“ドカーン!”と低い爆音が響いたのと同時に、黒い影が猛スピードでガラスの自動ドアに突っ込んできたんです。見た瞬間、クマだと。1年前に強化ガラスにしたことで、衝撃に耐えられたのだと思います。もし中に入ってきていたら……恐怖ですね。大の大人でも一瞬で“殺られる”と悟りましたよ」

 すぐに警察に通報した。翌日、行政はクマが出た前例がないのでクマではないと判断。1時間後、付近でクマの足跡が見つかり認定された。

 以降、一帯ではクマの目撃情報が相次いだ。パトカーや猟友会の車などが通学路を見守り、近くの小学校は「登校班ごとに職員が付き添っています」と教頭。〈クマ出没注意〉という看板も設置された。

■人間を見て怖がるクマが減っている

 ここまでの事例に登場するのはすべてツキノワグマ。九州では絶滅したが、絶滅が危惧されている中国・四国地方を含め本州に生息している。

「本来の食べ物は植物質の果実や葉など」(小池准教授)

 北海道に生息するヒグマに比べ小柄。臆病でおとなしいと見られているが、なぜ昨今、“人食い熊”と呼ばれるほど凶暴化しているのか。

 あきた森づくり活動サポートセンターの菅原徳蔵所長は、野性の生態についてこう話す。

「太い馬の首を一撃でへし折ることもできる、強力な爪が凶器です。足は速く100mを9秒。猟師も駆除は命がけ」

 今、野生のまま、人間の生活圏へ出没し、ゴミを漁り、人家に侵入し食料を食べたりするようになっている理由は?

「人間の後退により野生動物が攻めてきています。かつて人間が自然に踏み込み開発を進めたのと逆の現象が起きてるんです。今後もクマの勢力拡大が進む恐れがあります」(菅原所長)

 ツキノワグマの逆襲はすでに始まり、加速している。

「昨年は全国的にどんぐりが豊作で、メスグマが栄養をつけベビーブームになりました。今年は親子連れが増えており、母グマは子グマを守るため周囲を攻撃する危険性が高いです。猟師が20年で4割も減少し駆除の機会が減りました。

 人間を怖いと感じるクマが減る要因となるでしょう。山村の衰退や廃村化が進み、そこがクマの生息圏に取って代わられつつある」(菅原所長)

 このままクマの逆襲が続けばクマと人が遭遇する危険性は、ますます高まるばかりだ。万が一クマに遭遇したらどうすればいいのだろうか?

「静かにクマを見たまま少しずつ後ずさりする。背中を向け急いで逃げたり、大声を上げたり、死んだふりをするのはダメ」(プロ・ナチュラリストの佐々木さん)

 有効手段として唐辛子の成分入り「撃退スプレー」を挙げる。

 小池准教授は「クマにあってしまったときにとれる行動は限られています。大事なのは、クマにあわない努力をすること」と遭遇の回避を第一に掲げる。

 かつて人間の開発に追いやられていたクマの押し返しに人はどう対処すればいいのか。

■クマから命を守るためにできる10のこと

【遭遇しないために】

その1 出没情報があった場所には立ち入らず、糞や足跡を見つけたら撤退する

その2 1人ではなく複数で行動し、ラジオ、クマよけ鈴、笛、爆竹などで存在を示す

その3 残飯や生ゴミを絶対に捨てない、放置してある場所に長居しない

その4 蚊取線香を腰につけ、ガソリンやオイルなどのニオイを避ける

【目の前にクマの姿が】

その5 慌てず騒がず冷静になり、背中を見せずにクマのほうを向く

その6 両手を広げて振り身体を大きく見せ、人間だと知らせる

その7 荷物を地面に置きながら後ずさりし少しずつ距離をとる

【襲われたら】

その8 クマ撃退スプレーを目や鼻めがけて一気に噴射する

その9 うつぶせになり両手を頭の後ろで組み、顔、首、腹をガード

その10 ナタや石、木材があれば全力で抵抗する

※専門家らへの取材をもとに本誌作成