舛添要一東京都知事の辞職により、都知事選との時間差選挙の様相となった参議院選挙。7月10日の投開票日まで3週間を切り、各党の論戦がにわかに活発化している。

「憲法改正は選挙公約に書いてある。選挙結果を受けて、どの条文を変え中身を考えるか議論を深めたい。選挙で争点にするのは必ずしも必要ない」

 インターネットの動画配信サイト『ニコニコ動画』の党首討論で19日夜、安倍晋三首相はそう語った。参院選に向けた街頭演説でも「最大の争点は経済政策」と強調する一方、憲法改正にはいっさい触れない。今年の年頭会見で、「参議院選挙でしっかりと訴えていくことになります」と述べたにもかかわらず、だ。二枚舌とのそしりは免れない。

 私たちの暮らしを大きく変えるかもしれない参院選の争点を検証していこう。まずは憲法改正・安保法から――。

■悲願達成のラストチャンス、首相が描く国防軍の青写真

 参院選が近づくにつれ憲法改正に言及しなくなった安倍首相。これを「争点隠し」と批判する民進・共産・社民・生活の4野党は、与党をはじめ、おおさか維新の会、日本のこころを大切にする党を加えた憲法改正を目指す勢力による、改正の発議に必要な「3分の2議席確保の阻止」を前面に押し出している。

 東京新聞論説兼編集委員の半田滋さんが指摘する。

「'13年の参院選、'14年の解散総選挙と同じことが今回も繰り返されています。安倍首相のアベノミクス詐欺にみんなダマされている。選挙のたびに経済政策を争点に掲げ、憲法改正には触れず公約のいちばん最後に書く。

 選挙で大量得票したあとは国民の信任を得たとして、'13年に特定秘密保護法、'14年には安保法案を強引に推し進めた。いまも内閣支持率が40%を超えているというけれど、彼の魂胆を甘く見すぎていると思います」

 現行憲法を「アメリカの押しつけ」と語り、憲法改正を「在任中に成し遂げたい」と言ってはばからない安倍首相の任期は'18年9月まで。参院選はそのラストチャンスだ。

「憲法を変えたい。そして歴史に名前を残したい。そのためにはなりふりかまわず何でもやる。改憲への道筋は、すでに'06年の第一次安倍政権から始まっていました」(半田さん)

 第一次安倍政権で安倍首相が最初にやったことは、'06年の教育基本法改正だ。

「学校教育を通じて日本国憲法を国民に根づかせるための特別な法律を、愛国心や家族愛を根づかせるものに根本から変えた。さらに07年には国民投票法を作り、憲法改正のための手続き法を強行採決しました。

 その一方で、首相の私的な諮問機関『安保法制懇』を立ち上げ、憲法改正がうまくいかないときは憲法解釈を変更して、集団的自衛権の行使を認めさせようと準備しました。この2本立てで進めてきたのです」

 今年3月、安保関連法が施行されたが、安倍首相の狙いはあくまで憲法改正。

「集団的自衛権は、日本と密接な関係にあるアメリカなどの他国が武力攻撃され、日本の存立が脅かされる明白な危機がある『存立危機事態』と認められなければ使うことができません。しかし憲法9条を変えて国防軍を持てば、何の制限もなく集団的自衛権が使えるようになり、自衛隊は文字どおりの軍隊になる。安保関連法は改憲までの助走だったというわけです」

■「お試し改憲」は緊急事態条項から

 いよいよ助走を終えた安倍首相は参院選後、憲法のどこから手をつけるのか?

「『緊急事態条項』を新たに盛り込むことが有力視されています」

 そう話すのは名古屋学院大学の飯島滋明教授(憲法学・平和学)だ。

「緊急事態条項とは、自然災害や戦争、内乱などの緊急事態に、憲法で守られた人権や法の秩序を一時的に制限して、ときの政府に権限を集中させるよう定めた条項です。首相が閣議決定で緊急事態を宣言すれば、国会の事前承認なしで発動できるうえ、予算も自由に組める。法律と同じ効力を持つ政令も制定できます。市民や自治体は国の指示に従い、協力しなければならず、人権が過剰に制限される恐れもあります」

〈緊急事態条項のポイント〉

◆外部からの武力攻撃、内乱など社会秩序の混乱、地震など大規模な自然災害、その他、法律で定める緊急事態に、首相が閣議決定で宣言

◆内閣が法律と同じ効力を持つ「政令」を制定できる

◆誰もが「国その他公の機関」の指示に従わなければならない

◆衆議院は解散されない

◆首相が「支出その他の処分」の権限を持ち、自治体の長に支持を出す

◆国会には事後承認でOK。緊急事態が100日を超えるときは、その前に国会承認が必要(国会承認は衆議院が優先)

 この緊急事態条項について、4月の熊本地震の際、菅義秀官房長官は「国民の安全を守るためにきわめて重く大切な課題」と述べ、災害対策と絡めて憲法改正の議論を展開しようとした。

 しかし、飯島教授はこう話す。

「自然災害が多い日本には『災害対策基本法』をはじめ数多くの法律がすでにある。さらに宮城県仙台市、兵庫県神戸市といった被災自治体の首長も緊急事態条項の創設に反対しています」

 権限を首相に強化・集中させるこの条項は、むしろ復興の妨げになるかもしれない。日弁連による東日本大震災の被災37自治体へのアンケートでも、災害対策は「地方が主導すべき」との意見が大半だ。

「緊急事態条項のなかでも国会議員の任期延長というテーマになるのでは?」

 そう見通すのは、憲法を学ぶ『憲法カフェ』の主催者で『明日の自由を守る若手弁護士の会(あすわか)』の太田啓子弁護士。

「衆議院が任期満了すると総選挙を行いますが、その直前に大災害が発生した場合、被災地では選挙ができず衆院議員を選べないことから政治の空白が生じてしまう。だから議員の任期延長ができるよう、憲法を変えるべきだとの議論が持ち上がっています」

 だが、実際に衆院で任期満了による選挙が行われたのは、戦後にわずか1回だけ。任期をまっとうする前に、ほぼ毎回、解散総選挙に至るからだ。

■憲法を変えてどんな国になるのか

 ほかにも隣接する自治体を合わせてひとつの選挙区とする「合区」の解消(自民)、教育無償化(お維新)など、さまざまな憲法改正案が飛び交っている。

「合区を解消すべきとの国民的機運が高まっているとは言えず、教育無償化は憲法を変えなくても法律レベルで対応可能。変えることが自己目的化しています」(太田弁護士)

 憲法は国の形を表すもの。もし参院選で改憲勢力が3分の2を占めたら日本という国のあり方が変わる。

「憲法を変えてどんな国になるのか考えるとき、'12年に自民党が発表した『自民党憲法改正草案』にヒントが。このまま使うわけではないと自民党議員は言いますが、その憲法観は参考にできる。

 前述した緊急事態条項はすでにありますし、権力者を縛るものだった憲法は国民が守るべき義務に変わり、前文も“国民”ではなく“国”になるなど、いまの憲法から様変わりしています」

 女性の暮らしや生き方にも影響が及ぶ。

「24条に“家族は互いに助け合わなければならない”という条文があります。これは介護やDVなどの家族問題を解決する目的ではなく、個人がわがままを言うから家族がうまくいかないという考えを背景に作られたもの。社会保障をあてにするな、貧乏人同士で助け合えということで結局、女性に負担がのしかかります」

 では、野党が改憲勢力を抑えられた場合はどうか?

「安保関連法の運用にあたり、任務などを実施する際のハードルが高くなるのではないか。例えば、南スーダンPKOで検討されている駆けつけ警護をやるにしても、直近の国政選挙で野党の得票数が多かったとなれば、慎重になる可能性はあります」(半田さん)

※週刊女性2016年7月5日号掲載の記事を一部再編集しています。