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 国が発表した初産の平均年齢は30.6歳となった。“卵子が老化する”と2012年にNHKが報じた内容は、晩婚化・晩産化が進む日本で多くの女性に衝撃を与えた。そこで注目されたのが卵子を凍結保存する技術。浦安市では少子化対策として予算を組み、凍結に要する費用への補助を行う。

 日本産科婦人科学会は専門の委員が「社会的適応における卵子凍結は“推奨しない”」とした。一方で日本生殖医学会はガイドラインを定め、その範囲の中で行うことを示した。学会でも見解が分かれるのには『社会的適応』と『医学的適応』という、何やら難しそうな言葉が関係する。

 かみ砕けば簡単で、病気の治療などのために卵子を凍結するのが『医学的適応』、健康な女性が将来の妊娠のために備えるのが『社会的適応』。

 どちらならよくて、どちらならよくないという見方はそぐわないもの。

「男性側に不妊の原因があり、すぐには不妊治療へと進めない。その状況で女性側が持っている卵子が老化してしまう。これは社会的適応ですか? 医学的適応ですか? 私たちが線引きできることではない」(順天堂大学医学部附属浦安病院産婦人科の菊地盤先任准教授)

 慶應義塾大学の吉村泰典名誉教授は、こう力説する。

「男性側が関係する状況は医学的適応だと私は考えます。しかし問題は未婚の健康な女性が、自分のお金で、卵子を凍結するという自分のための行為で、それを禁止できますか? 選択肢のひとつです」

■女性の妊娠を阻害する要因

 2013年に年間約37万件の体外受精が行われた日本は不妊治療大国といえる。

「それだけ悩んでいる人が多いんです。でも日本には、生殖補助医療に対する法律が定められていません。だから海外で高額な費用をかけ、卵子提供を受ける人がいる。日本でも卵子提供などができるように法律を定めるべきです」

 そう提案する菊地先任准教授はルール作りをしたうえで、“保険適用する”または“補助金の所得制限をはずすべき”と話す。不妊治療に対する補助制度はあるが、世帯収入で年730万円未満の世帯しか受けることができない。夫婦共働きの場合、所得制限に引っかかる可能性もある。

 卵子凍結に関しても、吉村名誉教授は未整備の部分が多すぎると注意喚起する。

「保存と確保、(病院が)移転する場合の保証は、ちゃんとできるのか。それが一番の問題です。1度失ってしまえば、卵子は2度と手に入りません」

 当事者が安心するためには公的な機関が必要と指摘する。

 昨年4月、大阪の病院で、病気の治療の影響から精子がつくれなくなってしまった男性が、治療前に凍結していた精子を無断で破棄されたことが報じられた。同じことが凍結卵子に起こらないとは断言できない。

「女性が妊娠をして子育てをしながら働く環境ができていないから、若い人が卵子凍結に飛びつく。とはいえ、卵子凍結を選択する女性がいけないとはいえない。社会と企業と男性の意識改革ができていないから、こういったことを招いていると思っています」(吉村名誉教授)

 社会全体の構造そのものに、女性の妊娠を阻害する要因が潜んでいると指摘する。

 PR会社『サニーサイドアップ』は全国で初めて、卵子凍結を行う社員を支援する制度を定めた。卵子凍結の費用の3割を会社が補助する内容が含まれているという。

 制度を設けた理由のひとつを「卵子の老化について知ってもらう啓発の意味も込めて」と、バイスプレジデントの松本理永さんが明かす。

「卵子が老化することは、誰も教えない。体外受精なら、高齢でも妊娠できると誤解されている。今の若い人が後悔しないように、国が率先して教育していってほしいですね」(菊池先任准教授)